【中国で話題】もう逃げられない「鬼ごっこ」が、世界中に広まるかもしれない

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今、英国の公共放送BBCが放映した中国での「鬼ごっこ」が話題になっている。(山田敏弘)

 そのニュース報道では、BBCの記者が中国・貴州省貴陽(きよう)市の警察署を訪問する。この警察署は全市民の顔写真をデータベース化しているので、徹底した監視活動が可能になっているという。

 そして、ある実験を敢行する。記者は、警察職員に顔写真を撮られた後、その職員に「じゃあ、私をどのくらいの時間で発見できるのか試してみようではないですか」と告げる。記者はクルマで移動し、市の中心部から外れた場所で下車。

 そこから、当局が監視カメラ(CCTV)の顔認識システムだけで記者を探す実験がスタートした--。

 今、中国の監視カメラが、欧米でさまざまな形で報じられて話題になっている。というのも、「大国になってもテクノロジーはイマイチ」というイメージが世界的に広まっている中国で、顔認識の技術がかなり向上しており、監視カメラ網が急速に拡充されているからだ。強権的な監視国家として知られる中国だけに、監視カメラ設置は意外ではないが、その規模がとにかくスゴいらしい。そこで、中国の監視カメラや顔認証技術の現状、これからどんな監視が行われていくことになるか、迫ってみたい。

中国政府、監視カメラを増やす計画

 最近、中国の日常に入り込んでいる監視カメラと顔認証テクノロジー、そして監視に使うAI(人工知能)についての実例も多く報じられている。

 

広東省深せん(土へんに川)市では、道路で横断歩道のない場所を横切ると、顔認識で注意を受けるシステムを設置している。道路に設置されたスクリーンには横断した人たちの顔が映し出され、「横断者は顔認識テクノロジーで捕えられます」という文字が表示される。常習者は以前の横断で撮影された顔写真とマッチされ、「常習者」と表示される。

 山東省済南(さいなん)市では、信号無視をする人を捕捉する監視システムがあちこちの交差点に設置され、信号無視をした人の顔写真がモニターに映されるだけでなく、住所やIDまでさらされてしまうという。

 顔認証では、こんなサービスも生まれている。深せん市の大手銀行である招商(しょうしょう)銀行は、希望者にクレジットカードなどの代わりに、同行の1000箇所のATMから顔認証で現金が引き出せるサービスを提供している。また別の銀行では、インターネットでのバンキングに顔認証を使っているところも出始めている。

 もちろん、こうした技術は節度を持って使えば価値は高い。事実、中国の警察では犯罪者の摘発に一役買っているそうだ。上海では2017年1月、警察が都市部で顔認識テクノロジーを導入し、最初の3カ月だけで、567人の犯罪容疑者を拘束したという。またイベントごとに会場で導入するケースもあり、例えば山東省青島(ちんたお)市のビールフェスティバルでは22人の指名手配者が捕まっている。福建省厦門(あもい)市では、このテクノロジーで、バスでのスリが30%も減り、江蘇省蘇州(そしゅう)市では500件の事件が解決につながったという。

 

こうした実績を見れば、中国が国を挙げて監視カメラの設置にかなり力を入れているのも分かる。そもそも、中国では16歳になると写真入りの身分証を作る必要があるために、当局は全人民の顔写真はすでに所有しており、すぐにそのデータベースが使える。

 現在、中国国内には1億7600万台の監視カメラが設置されていると言われているが、中国政府は20年までにその数を6億2600万台に増やすと意気込んでいる。また顔認証テクノロジーとAIの分野をリードするために政府の基金で研究所を設置したほか、AIの分野については25年までに世界でトップクラスを目指す国家的戦略を17年夏に発表している。

監視システムの広がりに懸念の声

 こうした監視システムの広がりには懸念も聞かれる。中国はこれらのテクノロジーとは別に、2020年までに「社会信用システム」なるものを構築しようとしている。このシステムは、人民の社会行動や金融行動などデジタルの記録を集め、違法行為などがあれば個人の信用度を減点するというものだ。そうしたデータから個人を信用スコアで格付けするとんでもないシステムだ。もちろん当局が監視するインターネットでの動きなどもすべて数珠つなぎのようにつながれば、壮大な管理システムになる。

 そしてそれが実現すれば、当局は、監視カメラの顔認識で見つけた個人についての、文字通り「すべて」が直ちに分かるようになる。プライバシーもあったもんじゃない。

 

強権的な監視国家の中国は、こうしたシステムを徹底的に活用することになるだろう。中国には独立した裁判所もプライバシー保護もないという批判もあるし、政府の人権意識も希薄だ。冒頭のBBCのドキュメンタリーで指摘している通り、当局にしてみれば、「隠すことがないなら、監視カメラなどの監視も恐れる必要はない」ということだ。

 ところで、冒頭の「BBC」対「貴陽市警察」の「鬼ごっこ」は一体どんな結末を迎えたのか。

 市の中心部から外れた場所で下車したBBCの記者は、バスターミナルに向かって歩き出し、小型カメラで自らを撮影しながら徒歩で移動する。その途中で3台の監視カメラに気が付くが、そのまま歩を進め、ターミナルに到着する。すると、直ちに警察署の監視システムが記者を捕捉。警察側のモニター画面には「相似度:88%」という文字とともに、記者の氏名などが表示された。

 次の瞬間、記者は近くにいた警察と警備員に取り囲まれた。記者は「この人たちは実験だとは思ってないな」と漏らす。

 実験スタートからターミナルで発見されるまで、その時間はわずか7分だった。

犯罪者が街を歩けなくなる時代

 こうした監視活動は中国ほどではないにせよ、今後は世界でもどんどん導入されるだろう。現在では英国が世界でも最も多くの監視カメラが設置されていると言われており、世界人口で1%ほどを占める英国には、世界の監視カメラの20%が集中しているという。お隣の韓国でも監視カメラは増えており、2010年に公共の場所に設置された監視カメラの数は30万個だったのが、2015年の終わりには74万個に増えている。また最近のニュースでは、マルタでも試験的に顔認証システムがスタートする。

 

こうした技術がさらに磨かれていけば、犯罪者が大手を振って街を歩ける時代はそう遠くない時代に終わりを告げるだろう。そして、それを実現する技術を中国が支える--そんな日も近い未来に来るかもしれない。

 ■山田敏弘 元MITフェロー、ジャーナリスト・ノンフィクション作家。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフルブライト・フェローを経てフリーに。

 国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)がある。最近はテレビ・ラジオにも出演し、講演や大学での講義なども行っている。

 

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