サンサーラ速報❗️

【涙腺崩壊】妻子もかえりみず好き勝手遊びまわっていた俺。ある日突然「お母さんが子供を迎えに来ないから、お父さんに迎えに来てほしい」と保育園から連絡があって…

俺はどうしようもないクズだった。

中学卒業して進学もせず働きもせず、
地元のやつらとつるんでは悪いことばっかりしてた。

16の夏強盗と傷害で少刑に入った。
出所後、生き方を変えようと決意したけど、
人間関係がうまくいかず職場を転々として挫折。

結局それからも悪いことばっかしてたんだよ。
何してたかとかは端折る。御想像におまかせするわ。

 

22歳になって、
街でナンパした女が妊娠して所帯持ちになってしまった。
相手は24歳のキャバ嬢。

嫁と子供ができても、俺は全然変われなかった。
いや変わらなかった。

クラブに行っては女をナンパして、
どっかの宿で目が覚める。
そのままツレん家行って時間潰し。
夜になったらまたクラブって感じだった。
嫁と子供が住んでるアパートには、
週に一回帰るかどうかって感じだ。

どうでもよかった。何もかも。
俺の人生ド底辺だしもうやりたい放題だった。

籍入れて最初は、
しょっちゅう嫁からメールや電話があったけど、
当然シカト。
呆れ果ててたんだろう。嫁からの連絡はなくなった。

たまに家に帰れば喧嘩。
「ちゃんと仕事してよ。
生活費だけでもいいから入れて。」
「うるせー。
キャバクラで働いてた時の貯金があんだろーが。
指図すんな。」
正直めんどくさかった。

 

一応結婚してすぐはちゃんと働いてたんだ。
契約だけどさ。
工場部品の営業なんだけど、
全然契約がとれなくっていつも上司にどやされてた。

無能だとか、中卒だから駄目だとか、
クズに無駄な給料払ってやる余裕はないって言われて、
まあ正論なんだけどな。

ある日、会社の係長の財布がなくなったんだ。
疑われたのが俺だ。
いや、完全に犯人扱い。
まあフラグがたってるよな。

上司
「おい俺!お前え仕事は出来ねーのに、
泥棒はするんだな」

いつも俺を目の敵にしていた上司が、因縁つけてきた。


「いや、やってねーっすよ」
上司
「おまえ以外に誰がやるんだよ。バカか?」
書類で頭を叩かれた。

すると女子社員が来て…
「係長の財布見つかったそうです。
お昼に定食屋さんに忘れてきたみたいで」

上司
「そうなのw まあでもおまえが
疑われやすい見た目だから悪いんだよw」

俺は上司を睨みつけた。

上司
「何だその目は?反抗的だな?
だから中卒は駄目なんだよ。
脳味噌入ってないんだろ?」

ついに我慢出来ずに上司を叩いてしまった。
会社からは事件にはしないがクビだと言われた。
あたりまえだが。

俺は嫁にクビになったことを言出せず、
毎日公園とかパチ屋の休憩所で時間を潰してた。

俺が悪いんじゃない。
世の中が悪いんだって自分に言い聞かせて。
な?クズだろ俺。

結局給料が入らないから嫁にバレた。

嫁と顔を合わせば喧嘩ばかりで、イライラする。
自分の居場所なんてなかった。
家に帰る意味なんかあんの?そう思ってた。
そんな時、息子の寝顔を見ると癒されてたんだ。

それと同時に、自分が惨めになるんだ。
最悪最低の父親だって。

でも今更自分を変えられない。
自分を受け入れてくれる世界なんてない。
とうとう俺は家に帰らなくなった。
俺は本当にクズなんだ。

親を早くから亡くしたせいか。
唯一肉親の息子のことだけは気になっていた。

クラブでナンパした女の家に転がり込んで、
嫁からの連絡はシカトし続けた。

そんなある日、
知らない番号から電話がかかってきた。

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「はい?どちらさん?」

「○○保育園の佐々木と申します。
ハルちゃんの担任の。」

言ってなかったけど、ハルは俺の息子の名前だ。


「え?保育園?」
佐々木
「はいそうです」

知らなかった。ハルが保育園に行ってたなんて。


「保育園が何で俺に電話してくんの?」
佐々木
「あのー、
ハルちゃんのお父さんで間違いありませんよね?」


「あー…はい。で何で俺に連絡してくんの?」
佐々木
「いつもお母さんがお迎えに来られるんですが、
今日はまだ来られないんです。」

俺「はい。。。 で?」

佐々木
「延長の場合は事前に連絡をもらうようになってまして。
本日はお母さんからまだ連絡はありません。
園も8時には閉めますので、
どうかお父さん迎えにきて頂けますか?」

嫁には何度も連絡したらしい。
で繋がらないから、
緊急連絡先の俺に連絡があったわけだ。

渋々だが迎えにいくことにした。

なんて無責任で親の自覚がねーなんて
思われても仕方がない。
読んでて不快な気分になった方は許してくれ。
そして続けさせてもらう。

教えてもらった保育園の場所に着いた。
門の前には電話をくれた佐々木先生と、
息子のハルが手を繋いで立っていた。

佐々木
「ハルちゃんのお父さんですか?」

「あっ…はい、そうです」
佐々木
「初めましてw佐々木と申します。
ハルちゃん泣かずにお利口に待ってましたよーw」

ニコッと微笑む佐々木先生をチラ見し、
久しぶりに会う息子の顔を覗きこんだ。

ポカーンと口を開けて俺を見上げていた。
まあ誰だけ分かってないのかもしれん。

佐々木
「帰ったら沢山誉めてあげて下さいねw
ほらハルちゃんパパだよw」
ハル
「‥‥」
佐々木
「きっといつもお母さんが迎えに来てるから
恥ずかしがってるんですよw」
と言いハルの手を俺に預けた。

佐々木
「お母さんと連絡とれました?」

「あの、いや。」

佐々木
「そうですか?
お母さんの職場に連絡したら
4時で帰ったって言ってたんで、
きっとお家にいますよw」

俺「はー。。。
あの、迎えにくるの遅くなってすみませんでした。」

佐々木
「いいえw
良かったねハルちゃん、
パパ迎えにきてくれてw
バイバーイ」
そう言って先生は園内に戻った。

ハルを見ると、
まだポカーンと口を開けたままだ。


「はー。だりーな」
溜め息をつき、頭をボリボリかいた。

俺「なーハル?帰るか?」
ハルは何も言わなかった。

いきなり知らない人が来たんだ。無理もない話。
何しろ半年ぶりの再会なんだからな。
分かるはずもない。

俺はハルの手を引っ張り、嫁のアパートまで行った。

久しぶりの帰宅。
綺麗に片付いた部屋にはサリナ(嫁)の姿はなかった。

帰るなりハルは冷蔵庫に一直線。
冷蔵庫を開けて俺を見た。
俺「何?」
ハルは俺の元に戻って手を引っ張った。
冷蔵庫まで連れてくると、
パックのジュースに俺の手を誘導する。


「喉乾いた?」
ハル
「ちめたいー。ちめたいーの」
と言って俺の手を引っ張る。

どうやら喉が乾いたようだ。
俺はパックのジュースをコップに注いで、
ハルに渡した。

ハルは一気にジュースを飲み干すと、
また俺の手を冷蔵庫の中に誘導した。


「何?今ジュース飲んだろ?」
ハル
「ビャアアアンー。うえーんっ」
急に大声で泣き出す。

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「はあ?何だよ?いきなり泣くな。」
泣き続けるハル。
うるさいので抱きかかえてヨシヨシしてみる。
とりあえず泣き止まさないと近所迷惑だ。


「ほらほら。どうした?泣くなよー」
ハル
「ウギャーー」
いっそう声のボリュームが上がる。
駄目だわこれわ。

俺「うるせー。
びーびー泣くな。」
怒鳴る俺にビックリしたのか、急に泣き止んだ。
少し震えている。
なんだか悪い事した気分だ。


「落ちつけ。何が言いたいんだよ。
泣いてもわかんねーだろ」
ハル
「ヒクッ、、ヒクッ、、マンマー、、ヒクッ」
どうやらお腹が減っているようだ。

俺「落ちつけ。何が言いたいんだよ。泣いてもわかんねーだろ」

少し震えながら、冷蔵庫を指差した。
ハル「ヒクッ、、ヒクッ、、マンマー、、ヒクッ」
どうやらお腹が減っているようだ。

冷蔵庫の中を覗いたが、
すぐに食べれるような物はない。
もちろん料理なんてしたことないし、
作れるはずもない。

あれこれ荒らしまくって、
ようやく食器棚の中にカップラーメンを見つけた。

カップラーメンに湯を注いでハルの前に出した。

ハル「キャッ、キャッ」
少しはしゃいで飛び跳ねるハル。
やっぱり腹が減ってたようだ。
俺「さー食え。」
そう言うとハルはまた俺の手を掴んで、
箸をを掴ませた。
どうやら食わせろってことなんだろう。


「はいはい。じゃあ食わしてやりますよ」
そう言ってラーメンをハルの口もとに持っていった。

ハル
「ぎゃあああー」
泣き出すハル。
熱かったみたいだ。
仕方なくふーふーして食わしてあげた。
ハル「んまー。んまー。」

人の苦労も知らず、無邪気に喜ぶハル。

俺「母ちゃん帰ってくるまでの辛抱か。。。」
独り言を言いながら、携帯でサリナに電話をした。

ずっと電源を切っているようだ。


「くそが。どうせ男の家でも行ってんだろーが。
子供ほっぽらかしてんじゃねー」
まあ俺が良く言えたもんだって話しだけど。

ハル
「マンマー。マンマー。」
食べ終えたのにまただ。

「はあ?今食ったろ? ふざけんな」

ハル
「マンマー。マンマー。。。うえーんっ」
また泣き出した。
仕方がないとりあえずなだめるか。
俺は抱きかかえて身体を揺らした。

 

どれくらい時間がたったろう。
ようやくハルは目を閉じて、
深い眠りについた。

疲れた。
非常に疲れた。
くそー。何で俺がこんな目に。

そう思いながら、
冷蔵庫からビールを取り出し、一気に飲み干した。


「ぷはーっ、うんめー」

一息ついて家を見渡した。
出ていって半年になる。
あの時のまま何も変わらない部屋。

ハルとサリナが笑顔で写る写真が、
テレビの横に飾ってあった。
布団でスヤスヤ眠るハルの寝顔を見つめた。
少し成長した。
顔も前より大人になった。サリナに良く似てる。
そう言えばハルの声初めて聞いたな。
会話は出来ないけどな。

半年前は、って言っても殆ど家に帰ってないけど、
泣いてる声しか聞いたことなかったな。

それが、ハルと俺の最初の1日だった。

 

とりあえず父親何て俺には無理だと思った。
すぐにサリナは帰ってくるだろうし、
帰ってきたらまた出ていけばいい。
いっそのこと離婚しとくかなんて考えてた。

身体にどしっと強い衝撃と共に目が覚めた。
どうやらいつの間にか寝ていたみたいだ。
ハルが俺のお腹に跨がり笑顔で冷蔵庫を指差した。

ハル
「ちめたい。ちめたい」

「ん?」
ハル
「ジューチュ。ジューチュ」


「ジュース?はいはい」
冷蔵庫からカルピスを出してハルに飲ませた。

時計を見ると11時。
うわっ昼じゃん。
携帯を見ると着歴が3件に留守歴が一件。
どれも昨日かかってきた保育園からだ。
サリナに電話したが、やはり電源を切っている。

プルルルルッ。
不意の電話に驚いた。保育園からだ。

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「はい?」
佐々木
「○○保育園の佐々木です。 あのーお母さんは?」

「あの、、、」
少し考えた。
帰ってきてないなんて言えるはずもなく。


「あの。突然なんですが、実家に帰省しました。
母親が入院したらしくて」
とりあえず嘘をつく俺。

佐々木
「そうですか?
お父さんは連絡ついてるんですね?良かったw
じゃあお父さんもハルちゃんも一緒に実家に?」


「いや、あの、妻だけ帰りました。」
佐々木
「そうなんですねw
ハルちゃんは今日はお休みですか?」

「いや、あの。。。」

急いで着替えさせ、
抱きかかえて家を出て走った。


「すいません」
佐々木
「いいえw 出来れば休むにしろ、
遅刻にしろ前もって連絡下さいねw」

「はい。」

結局保育園に連れてきたのだ。

佐々木
「お迎えは5時なので、ちゃんと迎えに来て下さいw」

俺「はい」
そう言って保育園を後にした。

ふざけんな。
冗談じゃない俺が迎えに行くわけねーだろ。
何が何でもサリナを見つけ出してやる。
そう考えながら、
まずはサリナの職場に連絡した。
地元のスーパーでレジのパートをしていると
保育園で聞いた。

どうやら職場にはいないみたいだ。
店長
「いや今日はお休みで朝電話がありましたよ。」

「次いつ来ます?」
店長
「さー。当分休むって連絡あったからねー。」
そう言われ知り合い何人かにも連絡を入れてみた。

サリナのキャバクラ時代のツレや、地元のツレ。
結局誰もサリナの近況すら知らなかった。

後はサリナの実家しかない。
でも、ここだけは連絡したくなかった。
だけど背に腹は変えられない。
仕方なく電話した。

サリナ母
「俺君? サリナ知らないわよ。 どうして?」

「連絡つかなくって困ってて」

サリナ母
「えー? あんた甲斐性なしだからよ。出てって当然。
ハルちゃんは? ハルちゃんはどうしてるの?
ハルちゃんはサリナと一緒なの?」

サリナの母親は当然のごとく俺を良く思っていない。
どうやら知らないようだ。
何か話しているようだが、途中で電話を切った。

ようやく理解した。
あいつはもう戻ってこないのだと。
しかし何て薄情なやつだ。
息子を捨てて消えるなんて。
俺がそんなこと
言えたもんじゃないことは重々承知だが。

結局ハルは俺が迎えに行った。
またアパートに帰り。
スーパーで買ったオムライスを食わせ寝かせた。

 

今日はあまり泣かなかったが、疲れた。
子育てって大変だなって、
たかが1日2日で思ったんだ。
世の中の主婦をすごく尊敬するよ。

全然会話も出来ない息子。
これからどうすればいいのだろう。
いきなり取り残され、いきなり父親になる。
本当に大丈夫なんだろうか?
ハルの寝顔を見た。
寝る前に少し泣いていたから、
涙の後が頬に残っている。

無理もない。
いつも一緒だった母親がいないんだ。
寂しいだろーな。

サリナがどんな気持ちで出ていったのか、
その時の俺は知る由もなかった。

そっとハルの体に布団を掛ける。
ハルが生まれてすぐ、
ハルは集中治療室に入った。
ミルクを飲まず、血便が出たからだ。
その弱々しい小さな体を見つめ。
石ころのような、小さな手を握り
俺「俺が守ってやるからな」

寝ているハルの手を優しく握り、
そう誓ったのを思い出した。

どうしようもないクズでバカげてるけど、
こんな情けない男でも父親なんだ。

ハルの寝顔があまりにも可愛いく思えた。
こいつには今俺しかいないんだ。
俺が守ってあげないと。

出来ないかもしれない。
いや出来ないじゃない。
やるしかないんだ。父親を。

俺にも父親がいた。
自慢できるような父親じゃなかったけど。
でも俺を育ててくれたんだよな。
今でもそんな父親の背中を覚えている。

その日から、俺とハルの二人三脚の生活が始まった。

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朝の日差しで目を覚ますと、
横ではハルがぐっすり眠っている。
とりあえず父親になると決めた。

まずは保育園に行って佐々木先生に、
サリナが出ていったことを話そう。
それから仕事を探さないと。
俺一人なら食っていけるけど、
今はハルを育てなきゃいけないんだ。

サリナがいつ戻ってくるのか?
もう戻ってこないかもしれない。
誰かをあてにすることなんでできないんだ。

担任の佐々木先生には、
サリナが家を出たことを告げた。

佐々木
「これから大変でしょうけど、
私たち園も出来る限りハルちゃんの力になります。」
と言われ少し安心した。

その足で職安に行くことにした。

職員
「松井さん(俺の名字仮です)。
正直難しいですよ。今不景気ですしね。
職歴も殆どないですし、学歴も中学卒業じゃね。
資格もないと言うことですし…
それに子供を一人で育ててる訳でしょ?
会社の負担になりかねませんよ。」


「お願いします。どんな仕事でもするんで。」

正直仕事をしないとやばい。
手持ちも殆どなく、
明日にもハルを食わせられなくなるかもしれないからだ。

結局その日は登録のみで、
紹介すらしてもらえなかった。

とりあえず携帯やら、
求人のフリーペーパーでバイトを探してみる。

アパートから近目の場所に手あたり次第電話をした。
あっさり面接を4件こぎつけた。
楽勝じゃん。でもそう簡単ではなかった。

店長
「どうしてうちで働こうと思ったの?」
某有名フランチャイズレストランに面接に来た。

「いや、とりあえず金がほしくて。」

この時の俺は、
本当に社会人としてのスキルが皆無だったんだよ。

店長
「履歴書君が書いたの?」

「そうですけど…」
店長
「漢字間違ってるし、字下手だね?w
それに君、職歴が空欄だけど仕事したことないの?」


「したことないわけじゃないんすけど、
最近はずっとプーだったんで」
店長
「ハハw ちょっとうちじゃ難しいかなw」

こんな感じで断られた。
まあこう言われる方がまだましだ。
何も質問されず、後日連絡すると言われて
追い返される事の方が多かった。

一週間がたったけど、まだ仕事は見つからなかった。

ハルとの生活だけど、ハルは泣いてばかりだった。
会話が出来ないから、
ハルとの意思疎通が出来ない。
だからイライラが募る。
俺は怒鳴ってばっかりだ。
ほとほと疲れた。

仕事も見つからない。
お金ももう残っていない。
頭を抱えるしかなかった。
どうすればいいんだ。
これからちゃんとやっていけるのか。

そんな不安に追い討ちをかけるように嵐はやってくる。

ピンポーン。
チャイムが鳴った。
こんな朝早くに何だ。
時間はまだ7時前。
またチャイムが鳴る。
ドンドンッドンドンッ。
激しく玄関を叩いている。

その音にハルが反応して目を覚ました。
ハル「あーーんっ」
うるせーなっと思いながら、
泣くハルを抱きかかえて玄関を開けた。

「松井さん? 大家ですけど。」
ぽっちゃりしたキツい目をしたおばちゃんが、
ズカズカと家の中に入ってきた。


「朝っぱらから何なんすか?」
大家
「何度も電話したのにでないからよ。
わざわざこっちが来てやったわよ。
奥さんはいないの?」

鼻息を荒くし、強い口調で話す大家さん。
大家さんが言うには、
3ヵ月家賃を滞納しているらしい。

大家
「どうなってんのよ?
今月まとめて払えなかったら、
出ていくように言ってあったでしょ!」

財布の中身は600円だったのを思い出した。


「いや、すんません。俺知らなかって。
何とかするんで一週間待ってもらえませんか?」

大家
「駄目よ。賃貸契約の時点で、
2ヶ月滞納したら強制退去って書いてあったでしょうが。
ただでさえもう1ヶ月待ってやってんだ。
もう特別はなしだからね。」


「いや、行くあてなんてないんですよ。
一週間。いや3日でいいんで待って下さいよ。」

泣き叫ぶハルを抱えながら、必死に交渉した

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だけど交渉虚しく、
解約にサインさせられ追い出されるはめになった。

手持ちは600円。
ハルの着替えを入れたリュックに、
サリナとハルの写真。
後は全て家賃滞納分にあてると言うことで
置いていくことに。

悲惨だ。
父親になると決めたのにこんな事になるなんて。
あー笑ってやってほしい。
まさかのホームレス状態。家なき親子だ。
救いようのないとはこのことだ。

いつもの時間に保育園にはハルを連れて行った。


「今日もハルをよろしくお願いします」
覇気のない声でお願いした。
重い足取りで園を出ようとした。

佐々木
「ハルちゃんのお父さん大丈夫ですか?」
振り返ると佐々木先生が園内を掃除していた。


「はぁ…まあ」
佐々木
「今日は元気ないですね?
お母さんとはまだ連絡とれませんか?」

「はい…」
まあ元気はいつもないんだが。

やっぱこう言う仕事してる人って、
異変とかすぐ気付くんだな。

佐々木
「元気だしてくださいw
ハルちゃんにはお父さんしかいないんですよ。
元気ない姿って子供はすぐ気付くから。
特にこれからが成長期です。
お父さんの背中はちゃんと子供は見てますよ。
何か悩み事があるなら相談して下さいw
お父さんの悩みはハルちゃんの悩みですよ。」


「はい…」

先生には家を追い出されたことを相談するか悩んだ。
だけど他人にこんな話しされるなんて
あまりにも気の毒だ。

黙って園を出て公園のベンチに腰を下ろした。

俺「はあー」
ため息しか出てこない。
仕事を探すのに困難しているのに、
住むところまで探さなきゃならない。
絶望的だ。

住み込みのバイトなんかも探しては見た。
でも子供連れじゃあ話しにならんだろ。

時間だけが刻一刻と過ぎていく。
直ぐにハルの迎えの時間はやってきた。

ハルの手を引っ張りただただ街を徘徊する。

そうだ、クラブでナンパした女の家に泊めてもらおう。
1日くらい大丈夫だろ。
そんな軽い気持ちで向かってはみたものの…


「はあ? 無理無理。 あんた子持ちなの?最低。」

「頼むよ。 1日でいいからさ」

「いやよ」

「誰か来たのかー?」
部屋の中から男の声がした。


「分かったでしょ? さっさとどっか行ってよ」

そんな感じで追い返されたんだ。

まあこんなのあてにした俺がバカなんだけど。
数人のツレにも電話したけどなんなく断られる。

辺りはもう真っ暗だ。
路頭に迷う俺とハル。
世間が妙に冷たく感じた。

ハルも疲れたのか。
両手を俺に向け。
ハル
「ダットー。ダットー。」
と言う。

 

とりあえず寝る場所を探さないと。

俺はハルを抱っこし、
大きなリュックを背負った。

ようやく繁華街にある
広場の階段に腰を下ろした。
せめて明るい場所の方が、
ハルも落ち着けるだろうと思ったからだ。

「すいませんが、ここに座らないでもらえますか?」
警備員服を来た初老の男に注意された。
ここに座られては、
客が入らないと言うことらしい。


「ここはおめーの土地か?」
いつもならつっかかって行くとこだが、
今そんな元気もない。
俺は黙ってまた歩き出した。

コンビニでお茶とおにぎりを買って、
朝来た公園までやって来た。

 

ハルは俺から降りて喜んで走り回っていた。
状況を理解できる年齢じゃないから当然だ。
公園に遊びに来たとでも思っているんだろう。
むしろそっちの方がありがたいか。
何も考えてない方が。

遊び疲れたのか、
汗だくで少しグズったのでおにぎりを食べさせた。
風呂に入れないので、
公園の蛇口で水を借りた。

タオルで体を拭いてあげると、
冷たくて気持ちいいのかすごく嬉しそうだ。

目を擦って眠たそうにしてる。
俺はハルを抱っこして、
大きな滑り台の下が
トンネルみたいになっていたのでそこに入った。

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ただボーっと座っていたんだ。
正直今何も考えられない状況。

夏も終わりかけ、少し肌寒くなってきたな。
月明かりがトンネルの中まで入ってきている。

ハルを横向に抱え座り込む。
ハルは俺を見つめ、
宇宙人みたいにわけの分からない言葉を話している。
きっと俺に話しかけてるんだろう。

虚しくなる。
寂しさも込み上げてきた。
何でだろうか?
こんな気持ちも、
きっとハルと会話が出来ればましだったんだろうか?
俺は一人なんだと痛感する。

そう思いながらハルの言葉に耳を傾けていた。

ハル「パッパ?」

え?聞き違いか?

ハル「パッパ」
今度は俺を指差して言った。


「パパ? 今パパって言ったか? うんパパ。」
急に何かが込み上げてきた。

ハルはニッコリ微笑んで
ハル「パッパーw」

俺「うんうん。 パパ。パパだよw」

俺のことを初めてパパって言ってくれたんだ。
ハルをギュッと強く抱きしめた。
苦しそうにしていたけど、そんなのお構いなしだ。
俺の瞳からは溢れんばかりに涙がこぼれた。


「ごめんなー。 本当ごめんなー。」
俺は大泣きしながらハルに謝った。
こんな情けない父親で。
こんなひもじい想いをさせてることに、
申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

いつぶりだろうか。
いや、こんなに泣いたのは初めてかもしれない。
こんな気持ちになったのわ。

俺は一人じゃなかったんだ。
こんな俺でも父親と思ってくれてるんだな。
子供の笑顔ってすごいなって実感させられたよ。

いつの間にかハルは眠っていけど、
俺は眠ることができなかった。
眠れる場所じゃないからとかじゃない。

自分の不甲斐なさと
今までの腐った自分を思い返してだ。

佐々木先生の言葉が耳に残っていた。

「ちゃんと子供はお父さんの背中を見てますよ」

そうなんだ。 俺もそうだったし。
ハルは俺の背中を見て育つんだ。
もっとしかりしないとダメだ。

この瞬間まで俺は、いつでも人の責任にしてきた。
こうなったのは親のせい、学校のせい、大人のせい。
今だってそうだ。
社会や世の中のせい、嫁のせい、いつだってそうなんだ。
自分の否を認めず誰かれ構わず
他人に責任を押し付けてきた。

全て自分の責任なのにな。
自分がこうしてしまったんだ。

きっとサリナもそんな俺に愛想が尽きたんだな。

 

外で朝をむかえたその日、
俺はハルを連れて隣町まで2時間かけて歩いていた。
保育園には前もって連絡を入れ休ませた。

唯一の頼りがそこにあったからだ。
死んだ親父の姉貴に会いにいったんだ。
俺の叔母にあたる人。
小さい頃の記憶だけが頼りだった。
親父に2、3回連れてこられたことがある。

町の雰囲気はガラッと変わっていたけど、
どうにかたどりついた。
リフォームして新しく建て替えられていたけど、
表札を見てここで間違いないと思った。

チャイムを鳴らすと、
四十歳過ぎのおばさんが出てきた。
おばさん
「はい、どちらさまですか?」


「あの…、カズエおばさん(親父の姉貴)はいてますか?
俺っていいます。」

おばさん
「えー、あっ、母さーん」
どうやらカズエおばさんの娘のようだ。

おばさんは俺とハルの全身を舐めるように見、
家の中に向かって叫んだ。

おばさん
「ごめんなさいね。俺さんってどちらの俺さん。
母とはどういった関係?」
無理もない不審者に見られてるんだろう。

答えようとすると、
「はいはい。どうしたの?お客さん?」

ガリガリのおばあちゃんが中から出てきた。
この人がカズエおばさんなのか?
正直顔まで覚えていないから分からない。
でもきっとこの人で間違いないだろう。

おばさん
「俺さんって方よ。お母さん知り合い?」
カズエ
「俺さん?」

カズエおばさんは俺をジッと見つめた。

カズエ
「もしかして、俺父の息子の俺ちゃん?」

長い月日が経っていたが、
どうやら俺のことを覚えてくれていたらしい。


「はい。。」

目を潤ませながら俺に近づいてきた。
大きくなったねと言われ再会を喜んでくれた。

俺とハルは家の中に通されお茶を出してもらった。

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ハルは広い家が初めてだったので、
すごく挙動不審だったのを覚えている。

カズエ
「わざわざここまで会いにきてくれたの?
ありがとうね。 よくこの家が分かったねw」

カズエおばさんは俺が赤ちゃんの頃、
よくオムツを変えてあげたと言っていた。
子供の頃の俺や親父の話しを嬉しそうに語ってくれた。

カズエ
「ところでいったいまた、どうしたの急に?」

本題はここからだ、
今どうしても寝泊まりするところが欲しかった。
ハルをずっと外で寝かすなんて出来ない。

迷惑は重々承知だけど、
仕事と住む場所が決まるまで
どうにか居候さしてもらえないかと頼んだ。
勿論今日までの経緯を話してだ。

カズエ
「そうか、うんうんそれは大変だったね。
いいのよ。おばちゃんに甘えなさい。」
目を真っ赤にし、
俺の話しを納得した上で優しく応えてくれた。

少しホッとした。
膝の上に座らせていたハルは、
どうやらオネムのようだ。
コクリとコクリと眠りに入ろうとしている。

おばさん
「ちょっとお母さんいい?」
リビングの扉を少し開けて手招きする娘。
それに気づいて
カズエおばさんがリビングから出ていった。

俺は出されたお茶を一気に飲み干した。

おばさん
「お母さんどう言うことですか?
あの子達を泊めるなんて勝手に決めないで下さい。
うちには受験を控えた娘がいるんですよ。」
隣の部屋から会話がまる聞こえだ。

カズエおばさん
「せっかく頼って来てくれたんだよ。」

おばさん
「駄目に決まってるでしょ。
どこの誰かも分からないのに。」

カズエおばさん
「他人じゃないの。 ヒロシ(息子さん)には
私からちゃんと話しておくから。」

おばさん
「私には他人です。私は反対ですから。」

激しく言い合いをしているようだ。

俺は眠っているハルを抱きかかえ、
黙っておばさんの家を後にした。

そりゃそうだよな。無理もない。
いきなり見ず知らずの人間がきて泊めてくれなんて。
他人にそんな優しくする義理なんてないよ。

それに俺のせいで、
カズエおばさんに迷惑をかけるわけにはいかないしな。
何故か悲しい気持ちや辛い気持ちにならなかった。
だってさ、久しぶりに会ってハルを見て、
あんなにも喜んでくれたんだ。
それだけで十分じゃないか?

夕焼け空が真っ赤に染まる。
ハルをおぶった自分の影お見ながら、
二時間かけてきた元の道をゆっくり帰った。

また結局この公園に戻っててしまった。

途中コンビニでおにぎりを一個買って、
それをハルに食べさせた。
ハルも大分疲れていたみたいだ。
すぐに眠ってしまった。

財布の中身を見て憂鬱になる。
本当の無一文だ。
下を向き目を閉じて、
明日からどうするかを考えた。

ハルは保育園に連れていけばいいだろう。
給食とおやつが出るからな。
とりあえず日雇いで働ければ、
温かいお風呂にも入れてやれる。
お腹一杯ご飯だって食べさせてやれるんだ。
そんなことを考えながらウトウトしていた。

「俺くん? 俺くんだね?」
急に目の前が眩しくなる。
懐中電灯で照らされているんだ。

そこには眼鏡をかけた、
中年のおじさんが立っていた。

おじさん
「母さんからこの辺りの公園だって聞いたんだ。
だいぶ探したよ。
こんな所で寝たら駄目だ。小さい子供がいるんだから。
とりあえずうちにおいで」

すぐにカズエおばさんの息子の
ヒロシおじさんだと分かった。

俺「いや、でも…」

おじさん
「いいからおいで。母さんも心配して待ってるんだよ」


「すんません。迷惑かけます…」

俺とハルを車に乗せてくれ、
家まで連れて行ってくれた。

途中車の中で、
妻のことは気にするな。
娘が受験前で気がったっているんだ。と
わざわざ気を使ってくれた。

 

おばさんの家につくともう深夜1時前だった。

カズエおばさん
「追い返したりしてごめんね。本当にごめんね。」
と泣きながら謝るおばさんに、
申し訳ないことをしたと思った。

ヨシノおばさん(カズエおばさんの娘)に
「お世話になります」とだけ言ったけどシカトされた。
心良く思っていないのは分かっていたことだ。

久しぶりの温かい風呂に、
ハルは大はしゃぎだった。
新しい布団が気持ち良かったんだろう。
すぐにハルは眠ってしまった。

ヒロシおじさんが、
また明日ゆっくり話そうと言って
二階の寝室に上がっていった。

俺が眠りにつこうとすると、
カズエおばさんにリビングに来るように言われた。

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カズエおばさん
「残り物しかないけどお食べ」

テーブルに、
大きなおにぎり2つとお味噌汁が置いてあった。

俺は黙って座りそれを口にした。
急に胸が締め付けられる。


「うまい…」
カズエおばさん
「良かったw」

俺はおにぎりにガッツいた。
また泣いてしまったんだよ。
泣きながらおにぎりを頬張った。

口いっぱいに詰め込んで。
俺「おばふぁん…エグッ
あじがと(ありがとう)エグッ…」

カズエおばさんの優しさがすごく辛かった。
こんな俺なんかにここまでしてくれて、
すごく感謝したんだ。
人の優しさに感謝したのは初めてかもしれない。

そう言えばこの何日間、
殆ど何も口にしていなかったな。
だからかもしれないけど、
今まで食べたおにぎりで一番うまかったと思う。
今でも、忘れることはない。

俺って結構泣き虫なんだなw
そう思った。

カズエおばさんは、
黙ったまま笑顔で俺が食べているのを見てた。

次の日朝早く起きて、ヨシノさんに
何か手伝いすることがあれば何でもすると言った。

が、空気のように無視された。
俺は玄関前やら家の中を勝手に掃除した。
居候の身だし、
何もしないわけにもいかないしな。

目を覚ましたのか、ハルの泣き声が聞こえる。

保育園に連絡して、
理由は言わずに当分休むとだけ伝えた。
ハルはカズエおばさんが見てくれると言うので、
頼んで家を出た。
現場作業の面接があったからだ。

おばさんは落ち着くまでは家にいていいと言ったけど、
そう言うわけにもいかない。

これ以上迷惑をかけれなかったし、
何よりハルを育てる環境を少しでも良くしたかった。
早く住む家を探す必要があったけど、
まずは仕事が優先だと考えたんだ。

社長
「現場仕事は初めてか?
かなりきつい仕事だけど大丈夫か?」

建設会社の社長が、
履歴書をサッと目だけ通して机に置いた。

社長
「いいよ。うちで働いてみな」


「えっ、大丈夫なんすか?
俺職歴も学歴もないっすよ」

社長
「ハハw うちはそんなの関係ねーよw
やる気があればそれで十分だw」

どうせ無理だと思っていたのに、
あっさり雇ってくれた。
住所不定で職歴のない俺をだ。
ちょっと拍子抜けする俺。


「あ、あ、ありがとうございます。 頑張ります」
社長
「おう。いつから働ける? なんなら今から働くか?」

「是非。お願いします。」

この社長、本当に優しかった。人当たりもいいし。
めちゃくちゃ嬉しかった。
久しぶりの労働で少し不安もあったけど。
でも頑張ろうって思ったんだ。

社長の古い作業服を借り、
トラックで作業現場まで連れて行ってもらった。
作業員みんなが集められ、簡単な紹介で作業が始まる。
重機で解体した廃材を指定の位置に置き仕分ける。
それを運んでトラックに積むと言う作業だ。

肉体労働は始めてで、
つってもまともに働くのも久しぶりなんだけど
とにかくきつかった。
体中汗でびっしょり、廃材を持つ腕が痺れる。
それでも一生懸命作業した。

みんな強面だったけど、優しく仕事を教えてくれた。
今まで働いていた職場とは全然雰囲気が違い驚いた。
みんな楽しそうに仕事してんだよな。

現場監督
「おい新人!休憩するぞー。」

そう言ってミネラルウォーターを渡された。
キンキンに冷えてる。
喉を潤わす為一気にそれを飲み干した。
めちゃくちゃうまかった。
体中に染み渡るのが分かる。

ちょっと前まで汗を流して働くことなんて
考えられなかった俺。
こんなに水がうまいと感じたことなんてあっただろうか?

建物の影に腰掛けると、
「兄ちゃん今日からやろ?」
初老のおじさんが関西弁で話しかけてきた。

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おじさん
「兄ちゃん若いのにw
何でこんな仕事しようと思ったん?
さてはわけありやな?w」
ぶっきらぼうな人だ。

俺「まー、はい。」

山下(おじさん)さんは、
初対面の俺に色々話てくれた。
俺も昔は社長だった。
だけど倒産して借金かかえて、妻と子供に逃げられたと。

山下
「それでもこうやって何とか生きてけてんねんw
オレももうすぐ60やけど、人生やり直しは聞くw
兄ちゃん若いねんからなおさらや。
どんなわけありでも頑張りやw
生きてたらそのうちいいことあるからなw」

笑いながら話している山下さんに何故か好感を持てた。

 

あっというまに時間は過ぎ、今日の作業が終了した。
疲れた。でも仕事見つかってよかった。
きついけど作業場の人達は良い人そうだし
なんとかやっていけそうだ。

社長から日当を日払いで手渡された。
茶封筒には6000円入っていた。
途中から働かせてもらったのにな。
思わず「こんなにいいんすか?」って言ってしまったよ。

帰宅までの道のり、
疲れているのにいつもより足取りが軽かった。
真っ暗だった道筋に少し光が差したような気分だ。

おばさん家に着くなり、
ハル
「キャハッw あーーーうw」
ハルが大喜びで駆け寄ってきた。

俺は高い高いして、
俺「ただいまw」
て言うと
ハル「たらいまーw」
って満面の笑みで返してきた。

すごく癒されるな。
ハルの笑顔で1日の疲れもぶっ飛ぶ。
明日も頑張ろうって気持ちになった。

カズエおばさん
「ハルちゃん、ずっと泣いてたのよー。
キョロキョロして俺ちゃんのこと
ずっと探してたんだと思うわ。
パパ帰ってきて嬉しいねw」


「すいません。迷惑かけました。
面接ですぐ働けるか?って言われたんすよ。」

カズエおばさん
「そうよかった。仕事決まって本当に良かったねw」

ヒロシおじさんに呼ばれて、
一緒にご飯を食べさせてもらった。

これからのことをどうするか話した。
俺は早く住む家を探すとだけ言った。


「あのこれ。」

俺は今日の日当分6000円の
茶封筒テーブルに置いた。


「本当に少ないっすけど。
とりあえず当面の食費や、迷惑かける分。
また少しでもお金が貯まったら渡します。」

本当は酒や煙草、
ハルのお菓子なんかを買ってあげたかった。
でも今はっきりしてるのは、
この人達に迷惑かけてることだけだ。

カズエおばさん
「何よこれ? そんなの受け取れないわよ。
ハルちゃんのために使ってあげなさい」

ヒロシおじさん
「分かった。 これは受け取る。」
そう言ってお金をポケットにしまった。

ヒロシおじさんは、
ちゃんと俺の気持ちを汲み取ってくれたんだ。

 

それから数日が経ち、
俺はなんとか現場仕事を続けてた。
あのクズな俺がだ。
何よりハルの存在が大きかったと思う。
どんなにきつい現場作業も
ハルのことを想い出せば頑張れたんだ。

俺自身、自分の変化に気づきはじめてきた。
ハルが成長するように、
俺も少しずつ成長しているのかもしれないって。

そんな時だった。

その日は大雨で仕事が中止になり、
昼過ぎに帰えることになった。

帰宅すると、
ハル「ギャーーッ!」
リビングからハルの泣き声が聞こえる。

あちゃーまた俺のこと探して泣いてんのか?
なんて思いながら上がりこんだ。
それと同時に、
「うるさーい。黙れー!」
と大きな怒鳴り声が聞こえた。

リビングを開けると、
ハルが泣きながら座りこみ。
ヨシノおばさんが目の前に立っていた。


「何してんすか?」
俺はヨシノおばさんを睨みつけて、
ハルを抱きかかえた。


「どうした? 何で泣いてる? カズエおばさんは?」
一瞬テンパってハルに質問攻めしてしまった。

ハルは俺にしがみついて、
ハル
「パッパー、エグッ。パッパー、ヒック。エーーン」
大泣きしている。

最初は虐待でもされているのかと思ったけど、
そうではなかった。

ヨシノおばさん
「この子がサキ(ヨシノの娘)の
教科書に悪戯したの。 これ見なさいよ。」
ヨシノおばさんがビリビリに破けた、
哀れな姿になった教科書を見せてきた。

俺はハルを立たせて、
「本当か? お前がやったのか?」
強い口調で問いただした。

俺の言葉なんて理解できてるわけないけど、
せっかく居候させてもらっているのに
何てことしてくれたんだって思った。


「駄目だろ?こんなことしてどうすんだ!
迷惑かけんなバカヤロー!」
カッとなって怒りのまま俺はハルを叱った。

ハル
「あーーっ! ギギギギーっ! いやーーー!」
ハルは泣きながら俺に怒った。
きっと俺が怒っているのを見てテンパったんだろう。


「あの、本当にすいません。
教科書は弁償しますから。 本当すいません」

ヨシノおばさん
「当たり前でしょ。
それに夜この子の泣き声うるさいのよ。
サキは受験生なの。
ちょっとは気をつかいなさいよ。
もぅまったく」

俺はただただ謝るしかなかった。

カズエおばさんは体
の調子が悪いみたいで横になっていたらしい。

カズエおばさん
「ちょっとだけ一人で遊んでもらってたの。
俺ちゃんごめんなさいねー」


「俺の方こそいつもハルを見てもらってすいません。」

ハルは呑気に、
買って帰った好物のラムネを食べていた。
ハル
「ラムネーw。ラムネーw」
機嫌よくしている姿を見て少しイライラした。

本当は分かってるんだ。
この子は何も分からないし知らない。
ただ遊んでいただけなんだよ。きっと。
でも今のこの状況で俺は、
お前を叱ることしかできないんだ。

 

カズエおばさんは70過ぎて体調も良くない。
このまま見ててもらって良いものか。
またあんな悪戯をしたらどうしよ?
保育園とは違うんだから。
ハルがしたことは全て俺の責任になるんだ。
やっぱりすぐにでも家を探すべきか。

そう思いながらハルの寝顔を見つめた。
俺はグッタリして眠りについた。

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朝になり、
いつも通りハルをカズエおばさんに預けた。
今日のハルはグズっていた。
俺の足にしがみついて離れない。


「すぐ帰ってくるからな。
またラムネ買って帰るから」

ハル
「ラムネー? ちょだーい。」
俺はハルに残っていたラムネを渡した。


「おりこうにしてるんだぞ。 パパ早く帰るから」
そう言って泣き出すハルを置いて家を出た。

仕事中ハルのことが心配で仕方なかった。
また悪戯してないかってこともあったけど、
何よりハルに怒鳴るヨシノおばさんの姿が頭から離れない。
他人に息子を泣かされるなんていい気はしないよな。

ようやく終わって帰ると、
ハルは嬉しそうに俺に抱きついてきた。

どうやら何もなかったようだ。
少しホッとしながら
スーパーで買ってきた惣菜を出して、ハルに食べさせた。

すると、
ヨシノおばさん「ちょっと来てくれる?」
とリビングに来るよう言われた。

ヨシノおばさん
「これどうしてくれるの?」

ヨシノおばさんが
べっとりとシミのついた服を見せてきた。


「どうしてくれるって言うのは?」

ヨシノおばさん
「これその子がやったのよ。」

俺はハルを見た。
ハルはヨシノおばさんから顔を背け、
俺の胸にうずくまっている。
どうやらハルはこの人が嫌いなようだ。
俺も嫌いだ。


「うちの子がやったって、見たんですか?」

ヨシノおばさん
「見てないわよ。でもその子以外に
誰がこんなことするのよ
あんた達がこの家に来てからろくな事がないの。」

俺「……」
もしそれが本当なら言い返す言葉もない。

どうやら今日もカズエおばさんが体調が悪いから、
少しの時間一人で遊ばせていたらしい。
その間葡萄ジュースをハルに持たせていたとのこと。

信じられなかった。
親バカで、ただハルが犯人じゃないと
思いたかっただけなのかもしれない。
証拠があるのにだ。

それでも俺はハルが犯人じゃないと言い張った。

エゴかもしれないが、
どうしてもハルがそんなことするとは思えなかったんだよ。

結局カズエおばさんが起きてきて、その場は収まった。

 

こんな時って眠れないもんなんだな。
体は仕事で疲れてるんだけどさ。

俺さ小学の時はいじめられてたんだよ。
て言っても悪質なやつじゃないんだけどな。

とりあえずクラス全員から嫌われてた。
家が貧乏で母ちゃんがいなかったから。
親父が爺ちゃんぐらいの年ってこともあったんだと思う。

それである日、クラスの女子が
買ってもらったばかりの
手提げカバンがなくなったってなった。

校庭のドブで見つかったんだけど、
クラスの奴等は俺を非難したんだ。
「お前んち貧乏だからだろ?」
「最低ー」
みたいな感じで。

誰かが先生にチクって、職員室で説教された。
当然親父も呼び出されたわけだけど。

親父は俺に
「お前が本当にやったのか?」
って聞いてきた。


「してないよ」
俺の目をしっかり見て、

親父
「そんなことうちの息子がやるわけない。
あんたら教師まで疑うのか?ふざけるな」

っていつも穏やかで温厚な親父が、
ムキになって怒りだしたんだ。

だからその時、
親父が職員室で暴れて警察が来たことは、
本当に自分が生きてて申し訳ないって気持ちになった。
子供ながらにな。

帰り道親父が俺の手を引っ張って言ったんだ。
親父
「俺!! 父ちゃんはお前のこと信じてるからな。
父ちゃんは絶対にお前がやってないって分かってるんだ。
あんな恥ずかしい姿見せてごめんな」

そんな親父を見たの初めてだったよ。
正直驚いた。

でも俺は疑われても仕方なかった。
すぐむかついたら、
クラスのやつをぶん殴って泣かしてたし。

クラスで買ってたカメを、
勝手に池に逃がしたりしたことがあって、
それをクラス全員に責められて暴れたこともあった。

本当に問題児だったんだ。


「オレ悪いことしてばっかだよ。
みんなに疑われてもしかたないんだ。
何で父ちゃんは俺のこと信じるの?
本当に俺がやってたらどうすんの?」

親父
「父親が息子信じなくてどうする!」

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いつも強がってた。
悪ガキぶって泣いたら負けだと思っていた俺も、
さすがに泣いてしまった。
その言葉で十分救われたんだ。
親父は俺の頭をクシャクシャして。

親父
「泣きたい時は泣けばい。
悔しいだろうけど、
悪くないなら悪くないって言い続けろ。
悪いことしたらちゃんと謝れ。」

昔の記憶がよみがえる。

俺は眠るハルの髪をクシャクシャしながら、
父親の俺が息子を信じなくてどうすんだって、
独り言を呟いた。

 

朝がきて、俺はハルをおぶって仕事場に向かった。
ハルを置いて仕事に行くのが不安だったからだ。

アルバイトが会社に子供を連れてくるなんて、
前代未聞なのは分かってる。
社長に事情を説明すると、
現場は駄目だから
事務に置いていくならいいと言われた。
理解がある人で本当に助かったよ。

事務員さんによろしく言って現場作業に出た。

昼は会社に戻ってハルとコンビニ弁当を食べた。
ハルは嬉しそうに食べてた。
俺もハルのそばにいて安心できた。
お利口にしてたみたいだし。

事務員
「この子めちゃくちゃ可愛いね。 将来イケメンだわw」
息子を誉められて悪い気はしないもんだ。

作業が終了すると、
社長がみんなでご飯に行こうと誘ってくれたので、
その言葉に甘えることにした。

社長行き着けの居酒屋に入り
「好きなもん食え」と言われた。

ハルは人が多いせいか少しグズっていた。
社長に酒をすすめられたけど、
ハルもいるので断った。

 

帰宅したのは少し遅い時間になった。
ハルは俺の背中でぐっすり眠っている。
ハルを起こさないよう、静かに家に入る。

リビングに灯りがついていたので、
遅くなりました。とだけ伝え部屋に入った。

ヒロシおじさん
「俺くんちょっといいかな?」
戸を少し開けヒロシおじさんが顔を出した。
少し険しい表情に、何かあるなと感じた。

リビングのソファーに腰を掛け対面するも
少し沈黙が続いた。

何か言い出しにくそうにしていたので、

「あの…昨日はすいません。
奥さんの服汚れちゃったみたいで。」
俺から話しをふった。

ヒロシおじさん
「いや…いいんだよ。 そんなこと気にしなくても」
相変わらず気まずい雰囲気だ。

ヒロシおじさんは仕事用の鞄から、
パンフレットのようなものを出してテーブルに置いた。

ヒロシおじさん
「これなんだけど…」

俺に見やすいように、そばに近づける。

自立支援相談? サッと目を通した。


「すいません。
迷惑かけますがもう少しだけ待って下さい。
すぐ家を探して出ていきますんで。」

思い出したくない過去が脳裏をよぎる。

ヒロシおじさん
「いや、そんなつもりで言っているんじゃないよ。
本当に心配なんだ。」

見え見えだ。
早く出ていけ、面倒はごめんだと顔に書いてある。


「本当に迷惑かけてすいません…」
部屋に戻って先程のパンフレットをもう一度見た。
少し手が震えている。

俺にはトラウマがあった。

俺がガキの頃、
親父が現場仕事で大怪我をした。

入院した親父と俺に残されたのは借金だけだ。
勿論家賃が払えず今にも追い出されそうな勢い。

毎日借金取りが家に来ていたのは言うまでもない。

一人家で留守番状態の俺は、
布団を被り嵐(借金取り)が過ぎ去るのを
ずっと待っていた。
そしてとうとう奴等が来た。

児童相談所の職員だ。
俺はすぐ養護施設に入れられた。
親父が迎えに来るまでの1年間
すごく辛かったのを覚えている。
当時6歳だった。

あの日ハルを保育園に迎えに行った俺なら、
迷わず施設に入れていかもしれない。
育てていく自信なんてなかったからな。

でも今は違うんだ。父親になるって決意した。
何があってもこいつを守るって決めた。
それはもう揺るがないものになってる。

短い時間だけど、
ハルと過ごして沢山何かをもらった。
何かを感じた。
今ハルは、俺にとって掛け替えのない宝物なんだ。
どんなことがあっても手放さない。
どんなことがあっても。。。

俺はパンフレットを丸めてゴミ箱に捨てた。

 

次の日、 同じようにハルを連れて仕事に出た。
お金は少しはできたけど十分とは言えない。
とりあえず働かなきゃな。

作業中何度も携帯が鳴った。
気になったので不在着信を確認。
カズエおばさんからだ。

俺はすぐに電話をかけ直した。

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「もしもしおばさん。どうした?」
「あの… 私サキです」

電話に出たのはヒロシおじさんの娘のサキだ。

俺「どうしたんすか?」
サキとは家で顔合わすだけで話したことはなかった。

サキ
「おばあちゃん昨日入院したんですけど…」
昨日は遅く帰ったし、
ヒロシおじさんから何も言われてないので
知らなかった。

サキ
「おばあちゃんが俺さんに会いたいって。
今から病院にこれますか?」

電話を切ると、社長に理由を話し
少しの時間抜けさせてもらうように頼んだ。
俺はハルを連れ病院に向かった。

病室に入ると、
カズエおばさんと横にはサキが座っている。
俺が会釈すると、

サキ
「ハルちゃん。 私が見てます。」
と言ってハルの手を引き病室を出ていった。


「おばさん大丈夫?」
カズエおばさん
「大丈夫よw ただどうも胸が苦しくてねw」

カズエおばさんは思っていたより元気そうだった。

カズエおばさん
「わざわざ呼び出してごめんねw
当分家には帰れそうにないんだ。」


「うん」

カズエおばさん
「サキちゃんいい子でしょ?
昔からおばあちゃん子でねw
お見舞いにきてくれるのはあの子だけよ。」

今日電話で話したのが初めてなんだが、
想像してたのとは違ったのは確かだ。
世間話を簡単に済ます。

カズエおばさん
「ごめんなさいね。
私のせいでハルちゃんに辛い想いさせて。
俺ちゃんにも心配させた。
どうしても謝りたかったの。」

カズエおばさんは涙を流しながら俺に謝ってきた。
俺に謝ることなんて何一つないのにだ。

とてつもない迷惑かけてる、
本当は俺の方が謝らないといけない。


「おばさん。 俺のことは心配しなくていいから。
早く元気になってよ。」

おばさんがありがとうと言いながら
枕元から封筒を出した。

カズエおばさん
「これ使って。 これで家を借りて
ハルちゃんと二人で暮らしなさい。
今の状態では何もしてあげられないからね。」

そう言って現金の入った封筒を俺に渡した。

中味は確認してないけど、かなりの金額だった。


「おばさんありがとう。でも俺大丈夫だからw
もう家も見つけたよ。
おばさんのおかげでハルとやっていけそうだ。
だからこれはいらないよ。」

俺はその封筒をおばさんに返した。

 

嘘をついたけどこれで良かったんだ。
本当に助けてもらってばかりだ。
気持ちだけで十分。胸がいっぱいになった。
これ以上何かしてもらうなんて罰が当たると思った。

病室を出てサキからハルを預かった。
俺「迷惑かけたっすね」

サキ
「ハルちゃん本当に可愛いw 弟にしたいw」

「ありがとう」

そう言って帰ろうとすると、

サキ
「あの、すいません。 母がごめんなさい」
と言ってきた。

サキ
「ハルちゃん悪戯なんてしてませんから。
私知ってるんです。
教科書も服も母が自分でやったんです。
本当にごめんなさい。」

教科書は部屋に置いていて、
ハルが手に届くはずがない。
服もヨシノおばさんのお気に入りだったらしい。
そんなものをハルが悪戯できるような場所に
置いているはずがにいと言うことだった。


「はい。 こっちも。 受験で大変な時期に迷惑かけて。」
そう言って病院を出た。

何故ヨシノおばさんがそんなことするのか理解に苦しんだ。
まあ俺とハルが邪魔で仕方なかったんだろう。

俺の腹は今にも煮えくり返りそうだった。
俺はその脚でカズエおばさんの家に向かった。
黙って家に入り荷物をまとめた。

ヨシノおばさんがリビングにいるのが見えたので、
勢い良く扉を開いた。
おばさんはびっくりした顔でこちらを見ている。


「お世話になりました。 もう出て行くので。
ヒロシおじさんにもお伝え下さい」
強い口調で言って深々と頭を下げた。

ヨシノおばさん
「えっ?あ? そうなの。
愛想なくてごめんなさいね。
何もしてあげられなかったけど元気でね。」
白々しいやつだ。


「もし… もしこれから外であんたと出会って、
もしハルが悲しむようなことがあったら。
何が何でも絶対に許さないっすから。」
と捨て台詞を吐いて家を飛び出した。

その時の俺どんな顔してたんだろうな。
相当怒ってたし恐かったと思う。

続きはこちら↓↓

いつの間にかあの時の公園に来ていた。
辺りは暗がり始めてる。
ハルは公園に入るなりハシャいで滑り台を滑り始めた。

その姿を目で追いながら茫然として立ち尽くしていた。
針でチクチク刺さるように胸が痛くて苦しくなった。
病気とかじゃなくてな。
何でかって?
それはハルを少しでも疑ったからだ。
すぐに信じてやらなかった。

本当はヨシノおばさんが悪いとかじゃないんだ。
文句垂れられながらも住まわせてくれていたんだし。
ただの八つ当たりじゃないか。

何よりも悪いのは、
父親である俺がハルを信じなかったことだ。

俺はハルを怒りのまま怒鳴ってしまった。
ハルは怒ってたけど、
あの時ハルは本当に俺に怒っていたのかもしれない。
何で信じてくれないのって。

俺は本当にグズだよな。ハルごめん。本当にごめん。
自分の不甲斐なさに嫌気がさす。

砂場で遊ぶハルに詰め寄り強く抱きしめた。
今にも涙がこぼれ落ちそうだったけど、
グッと我慢してこらえた。

ハル
「パッパーもうイタいー?」

「痛くないよ。 悲しいだけ」
ハル
「いたくないにょー?」

「うんうん」

ハルはまた嬉しそうに滑り台によじ登った。

携帯の振動で
仕事を途中で抜け出していたのを思い出した。
しまった。
やはり社長からだ。


「すいません。連絡せずサボっちゃいました。」

クビになることは間違いない。社会人失格だよな。

社長
「おい俺! 心配したぞ。 何やってたんだ?」

俺は社長に今日の出来事を全て話した。

社長に今すぐ会社に来るよう言われた。
会社にはもう社長以外誰もいない。
当然なんだが。

ソファーに恐い顔で座る社長。


「本当にすいません。 申し訳ありませんでした」

怒られても仕方ない状況。
謝るしかない。
せっかく雇ってもらったのに、
いい加減な自分を呪った。

社長
「おい俺? 飯食ったか?」

「いやまだ。」
社長
「よし。 なら飯行くぞ」

何も言ってこなかったが、
この状況と社長の太い声がマッチして妙に凄みを感じた。

そして俺とハルは社長に連れられ定食屋に入った。

最近は不景気だとか、
奥さんがうるさくてかなわないって話を
社長は淡々としてきた。
まるで何もなかったように、
仕事をサボった事には何もふれてこなかった。
その時は変に緊張したよ。


「すいません。 やっぱり俺クビですよね?」

社長
「ん? バカか。 クビにはしねーよ。
さっさと食って行くぞ。」


「はい…」
クビにならないと聞いて少し安心した。

ハルにご飯を食べさせて店を出た。

 

社長に車に乗るよう言われたので車に乗った。
社長は何も話さない。
車内は無音で、
シーシーと社長が口に入れた爪楊枝の音だけが聞こえた。
ハルはウトウトしている。


「あの…どこ行くんすか?」
口を開かない社長に、黙ってついていくことにした。

車が来たことないアパートの前に停まると、
付いて来るように言われた。
そのアパートの一室を開けると、
社長「ここ使え」
と社長が言ったんだ。


「どう言うことっすか?」

社長
「ここは俺が嫁と喧嘩した時に使う別宅だ。
お前に貸してやる。」

最初は社長の言葉を理解出来ず、
いまいち状況が掴めなかった。
でもそう言うことなんだ。
俺は社長の親切に思わず泣いてしまった。


「クッ… 本当にいいんすか…?」

社長
「あーいいよ。 家具も使っていい。
その代わり家賃はもらうぞ。」


「すいません…エグッ
本当に…ありがとうございます…エグッ」
本当に嬉しかったんだ。
やっと住む家が出来たってこともなんだけど、
何より社長の優しさが痛い程伝わった。

社長
「バカ野郎。大の男が泣くな。
そんな泣き虫で子供なんて育てられねーぞ」

「はい…エグッ」


「何で他人の俺なんかに…ここまでしてくれるんすか…?」

だってそうだろ?
まだ一月も働いてないバイトなんだぞ俺は。
信じられなかった。

続きはこちら↓↓

社長
「アホ。 他人じゃねーだろ?お前はうちの従業員だ。
お前は若いのに根性もあるしよ。俺は買ってるんだよ。
それに、一緒に汗かいて一緒に飯食ってんだろ?
もう俺の家族みたいなもんなんだから
面倒みてやるのは当たり前じゃねーか。

それと礼なら山下に言え。
あいつお前のことも、
お前のガキのことも心配してたからな。
クビにしないでくれーって頼んできやがってよw
最初からクビにするつもりもなかったけどなw」

何から何までお世話してもらった。
せっかくもう泣かないって決めてたのにな。

社長に礼はいらないから仕事で返せと言われ、
明日はゆっくりしろと言われ1日休みをもらった。

 

俺は今まで大人が嫌いだった。
まあ俺も大人なんだけどな。
信用できるやつもいなかったし、
他人からこんなに優しくされたことなんてなかった。

佐々木先生やカズエおばさん。
社長や山下さん、みんなが俺なんかに優しくしてくれる。
今まで人生を損して生きてきたんだなって思った。

この人達は見返りも求めずに俺に優しくしてくれた。
本当に信用できる人達だ。出会えたことに感謝したい。

グズな俺は、こう言う人達との出会いのおかげで、
少しずつ成長できたんだと今は思う。

俺は一人で生きていけるなんてずっと強がってたんだよ。
でもそうじゃないって分かった。
まわりに助けられ、支えられ、
こうやって生きていけてるんだと気付かされた。

それとハル。

ハルが何よりも俺を強く支えてくれてるんだって思うんだ。
もう一人じゃない。
ハルの存在は大きい。
こいつがいるんだから生きていける。
そう思った。

少しボロでワンルームの小さな部屋だったけど、
俺とハルには十分すぎる部屋だった。

翌日、俺とハルは電車に乗って買い物に行った。
天気も良く朝からハルは上機嫌だ。

ハル
「でんさー?」

「うん電車。 次のに乗ろうな」
ハル
「でんさーのるーwキャッキャッ」
楽しそうにするハルを見て少し幸せな気分になった。

生活用品を買おうと色々見ていると、
いつの間にかハルが何かを抱きかかえて歩いていた。


「どうしたそれ??」
ハル
「でんさー?」

どこで見つけたのか、
ハルはおもちゃを持っているようだ。
でも、電車のおもちゃと思って
バスのおもちゃを間違って持っているようだ。


「それバスだw」
ハル
「ばすー?」

「うん。電車はこっちな?」
と言っておもちゃ売り場にある電車のおもちゃを見せた。

ハル
「いやーー」
大きな声。
どうやら電車より大きなバスのおもちゃを
気に入ったみたいだ。

そう言えばハルに
おもちゃなんて買ってやったことないな。
普通の父親らしいこともしてあげたことない。

そのバスのおもちゃを買ってあげることにした。

帰りの電車、
ずっとバスのおもちゃを大事そうに抱えるハル。

ハル
「でんさーw でんさーwフンフンフンフン♪」

家に帰る前公園の砂場で一緒に遊んだ。
山作ったり、穴掘ったり。
ハルはバス走らせたりして。

ハル
「でんさーw でんさーのるーwキャハ」

まだバスを電車だと思ってるんだ。
その笑顔がたまらなく愛おしかった。

 

なんだかこうやって、
何も考えず二人でゆっくりしたのは初めてかもしれない。
満たされた気持ちになった。

俺もハルも泥だらけだ。


「ハル?風呂行くか?」

ハル
「おぷろいやー」
ちょっと怒るハル。

部屋に風呂がなかったので、
ハルと近くの銭湯に行った。
ハルはすごく風呂嫌いなんだけど、
初めての銭湯にはしゃいでた。

二人で一つの布団に横になる。
ハルは今日買ったバスをしっかり抱いて寝てた。
遊び疲れたんだろう。
穏やかな寝顔だ。
初めて買ってあげたおもちゃ。
相当気に入ったみたいで俺も嬉しかった。

ここはもう俺とハルの家なんだ。
ようやく落ち着けたことに安堵した。
これからは少しずつだけど、
家庭らしい家庭を作ってやろう。ハルのために。

 

今日まで色んな出来事があった。
何度も挫けそうだったけど、
ハルの存在がいつも俺を助けてくれた。
なんとかやってこれたんだな。
これ以上下はないだろうってくらいの底辺を味わったけど、
でももう大丈夫だ。
そうだよな?

俺は自分に言い聞かせるようにして目を閉じた。

こんな小さなことが、こんなに幸せに思えるなんてな。
ずっとこの幸せが続いたらいいなと切に願った。

でも、これからが俺にとってもハルにとっても
本当に大変になることを、この時はまだ知る由もなかった。

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「中度の自閉症ね。」

そう告げられた。
新生活を始めて、2ヶ月が過ぎようとしていた。

今俺は児童精神科のある、医療機関に来ている。


「すいません。 俺バカなんでよく分かりません。
ちゃんと説明してもらえますか?」

 

話は1ヶ月前にさかのぼる。

佐々木先生
「ハルちゃんのお父さん。
明日は参観日ですが、来れそうですか?」


「はい。 大丈夫です。休みもとってあるんで」

仕事も順調で、ハルも保育園に通い始めた。
明日は参観日と言うことで、
前もって仕事も休みをもらっていた。

佐々木先生
「ハルちゃん良かったねーw パパ来るってw」
ハル
「パッパーw パッパーw」

1日保育園でのハルを見れると言うことで
楽しみにしてた。

参観日の日、
ハルは俺がいることでもあって
少し落ち着きがなかった。

朝の挨拶から始まり、
散歩、給食、お昼寝、お遊戯と言う感じで進行していく。

ハルは俺のところに何度も来て。
ハル「かえどー。 かえどー。」
と言って手を引っ張ってきてた。

その度先生が来て連れ戻していく。
佐々木先生
「ハルちゃんまだ帰らないよーw
みんなでお歌唄おうねw」

俺が保育園に来るのは、
送り迎えの時だけだから仕方ないことなんだけど。

1日があっという間に終わった。
けど俺は何かモヤモヤしたものが残ったんだ。

まわりが帰宅準備をする中、
俺は佐々木先生に声をかけた。


「先生ちょっとお話出来ますか? ハルのことで」

園児全員が帰宅した後、
教室で佐々木先生と話すことになった。
ハルは楽しそうに積み木で遊んでいる。

佐々木先生
「すみません。遅くなって。 で、お話ってなんですか?」


「あの?その? ハルなんですが…」
何て聞けばいいのか考えながら、


「みんなハルと同い年ですよね?
ハルってまわりの子達と比べて、
ちょっと違うような気がするんす。
見た目とかじゃなくて…」

何て言っていいのか分からない。

佐々木先生
「成長がですか?」
そうだ。それだ。

「そ、そうです」

佐々木先生
「お母さんから何も聞いてないんですか?」

「えっ?はい…」

サリナが知っていたこと。
俺は殆ど家に帰ってなかった。
知らないことなんて山ほどある。


「聞いてないって言うのは?」
佐々木先生
「お母さんがお家からいなくなる前に、
そう言う話ししなかったですか?」

俺は佐々木先生に、サリナがいなくなるまでの期間、
ずっと家に帰ってなかったことを話した。

佐々木先生
「そうだったんですね…」

「ちょっと引きますよね。 本当すんません」

佐々木先生
「謝らなくていいです。
ハルちゃんは、確かにまわりの子より
成長は遅いですよ…あっ!」

佐々木先生は何か思い出したように、
手帳を机に出した。

佐々木先生
「たしか…
あっ来月の4日に児童精神科の検診がありますよ。
ハルちゃんの。
私も同伴するつもりだったから、
その時にきちんと話しましょう。」

この時のハルは3歳だった。

今までハルが普通で
当たり前に成長してると思てったんだよ。

でも、参観日で見た回りの子達は、
ある程度言葉を理解し、ある程度会話が出来てた。
オムツも取れ、当たり前のことを当たり前にしてたんだ。
でもハルはそれとは違う。
同じ3歳の子達と比べてあきらかに成長が遅れてた。

俺はハルのために頑張ってたつもりだ。
でも本当にそうなんだろうか?
結局自分の為だったのかもしれない。

だって息子の成長が遅いことに
気付かない親なんていないだろ。
どんだけ無関心なんだって言われてもおかしくない。

佐々木先生は誤解をまねくといけないから、
きちんと専門家に説明してもらってほしいと言ったけど、
毎日モヤモヤしていた。

男の子は女の子に比べて成長が遅いと聞いことがある。
そんな感じなのかなと少し軽く考えてた部分もあった。

それでももし何か大きな病気で、
今後ハルの将来に障害があるのならと、
考えるだけでやりきれない気持ちになる。

それなりの覚悟は必要だと思った。

当日、地域にある医療機関にハルを連れて行くとに。
佐々木先生とは現地で合流した。

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そして検診が始まる。
ハルをおもちゃで遊ばせたり、身体検査などをした。
その後専門の先生が 、
俺と佐々木先生に普段のハルの様子を質問してきた。

先生「中度の自閉症ね」

先生は50前後の眼鏡をかけたおばさんだが、
どうやらこの分野では名のある人らしい。


「すいません。 俺バカなんでよく分かりません。
ちゃんと説明してもらえますか?」

一言自閉症と言われても、
俺の頭じゃ理解できない。

先生
「発達障害よ。」

「発達障害?」

前回サリナが来ていたらしく、
その時に自閉症と診断されたらしい。
先生は俺がハルの自閉症を初めて知ったことを知り、
1から説明してくれた。


「でも、 だからって
普通の子じゃないわけじゃないっすよね?」

先生
「これから先、どう成長するかはまだ分からないの。
でもね、これからもっと周りの子達と差は離れて行くわよ。
それがどう言うことか、
お父さんも理解していかないといけないわ」

途中から、先生の話が耳に入ってこなかった。

俺は放心状態だった。

先生
「次は半年後ね。
その時のハルちゃんの様子を見て、
これからの進路を決めていきましょ」

佐々木先生
「お父さん大丈夫ですか? 元気だして下さい。」
検診が終わると、
そう言って佐々木先生は保育園に戻っていった。

帰り、院のそばの公園でハルを遊ばせ、
まだボーっとする頭を整理する為ベンチに座り込んだ。

 

俺「ふぅー」
何ヶ月ぶりだろう。辞めていた煙草で一服する。

ハルは楽しそうに滑り台で遊んでいる。

先生の言葉を思い出していた。

先生
「ハルちゃんを叱ったり否定したりしちゃ絶対に駄目よ。
ハルちゃんはそれだけで傷つくの。」

俺は何度もハルを怒鳴ってきた。
初めて二人で過ごした夜も、
カズエおばさんの家で悪戯したと思った時もだ。
ハルにはそれが何でか分かってないのにな。
ただ傷つけただけ。
きっと辛かっただろう。

先生
「あまり遠くに行ったり、
知らない場所に連れて行くのも駄目よ。
不安でパニックになって辛いだけだから。」

先生の一言一言が胸に突き刺さる。

ずっとずっと連れ回してた。
その度泣いたり叫んだりしてたのを覚えている。

ハルのそ時の気持ちを少しでも気づいてやれなかった。
俺はハルにただ辛い想いばかりさせていたんだ。
本当にグズだ。

俺は下を向き、
頭の中で何度も何度も先生の言葉を思い出した。

最低な父親だ。

自分を責めるしかなかった。
どれだけハルを苦しめてきたかを考えると、
胸が張り裂けそうだった。

「お父さん大丈夫ですか?」
誰かが優しく背中をさすってくれた。
佐々木先生だ。

佐々木先生
「やっぱり心配になって、 戻ってきちゃいましたw」
優しい笑顔で俺に話しかけてくれた。


「大丈夫です…」

するとハルが近づいてきた。
ハル
「パッパー、イタイの?」
俺の事心配してくれてるのかな。
その純粋な瞳に心は打ち砕かれた。

俺はボロボロ涙を流した。
人前なのに恥ずかしさなんてぶっ飛んでた。


「ハルーごめんな。 パパ最低だなー。」

俺はハルを強く抱きしめる。

佐々木先生
「落ち着いて下さい。 ハルちゃん苦しいですよ」


「俺のせいなんす。 俺が全部悪いんす」
俺はただただ泣いた。叫んで。

何もかも俺のせいなんだ。
ハルがこうなったのも、
ハルが辛い想いしてきたことも。

これからだってそうだ。
大きくなって自分がまわりと違うことに気づいた時に、
きっとハルは傷つく。

俺がグズでロクなやつじゃないから、
ハルがこうなってしまったと思ったんだ。

ハルがあまりにも可哀想じゃないか…

 

俺は一生分泣いたんじゃないかってくらい泣いた。

その時は、自分への怒りとか後悔とかで
泣くしかなかったんだよ。

先生は何も言わず、
落ち着くまでずっと背中をさすってくれていた。
ハルは俺の横にちょこんと座り
頭をヨシヨシしてくれていた。


「恥ずかしいとこ見せてすいません…」
ようやく落ちついた。
泣きすぎたってのもあるけど、
何だか少しスッキリしてた。

佐々木先生
「いいえ。
男の人がこんなに泣くの見るの初めてかもですw
ハルちゃんもだよねー?w」

ハル
「ねーw」

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佐々木先生
「お父さんのせいじゃないですよ。
先生も言ってたでしょ? 生まれ持った性格だって。
それにハルちゃんにはお父さんしかいないんですよ。」


「分かってます。
こんな駄目な奴が父親で大丈夫なんすかね?」

佐々木先生
「わたし初めてお父さんと会った時、
正直本当にお父さん? って思ったんですw
なんかチャラいなーって。
他の園児のパパって、
雰囲気とか面構えとかでパパって分かるんですけどね。
お父さんは全然そう見えなかったです。」

俺「……」

佐々木先生
「でも、今のお父さんはパパですよw
パパの顔してますw
あの時のお父さんとは全然違う。
見違えましたよ」


「ありがとうございます…」

佐々木先生
「それにハルちゃんだってきっと幸せですよ。
お父さんが守ってくれてるから。
お迎えに来る時に見せる笑顔なんか、
本当に幸せそうに見えます。」


「はい…」

佐々木先生
「だから頑張りましょ。 わたしも協力します。
ずっとハルちゃんが笑顔でいられるだけで
十分じゃないですか?
ハルちゃんはハルちゃんです。
今まで通り愛してあげたらいいじゃないですか?」

そう言われハルを見た。
ハルは大好きなラムネを頬張り満面の笑みだ。

また涙が零れた。
佐々木先生の言葉に救われた。
ハルの笑顔に救われた。

先生が言ってたな、
ハルちゃんを可哀想なんて思っちゃいけないって。

本当そうだ。
可哀想なんて思う俺は父親失格だ。

どんな障害があってもハルはハルだ。

俺はハルには俺みたいな大人に
なってほしくないと思っていた。
将来自分の夢を持って、
それを叶えてほしいと考えていた。

でもそんな先のことどうだっていいじゃないか。

どんな未来でも、ハルがただ笑顔で過ごせれば。

今のこの笑顔を失わないために俺が頑張ればいいんだ。
今以上に愛情をそそげばいいんだ。

何があっても、
絶対にこの笑顔を守ろう。
そう誓った。

それから少しずつだけど、俺も変わっていった。

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料理を始めた。
料理なんかしたことなかったけど、
ハルの為にちゃんとした物を食べさせたかった。

サリナの親に会いに行き、
今までの事を含め謝罪しに行った。
最初はすぐ追い返されてたけどな。

何度も土下座した。
許してくれるまで何度も通った。

ハルのおじいちゃんおばあちゃんなんだ。
少しずつだけど心を開いてもらえるようになった。

ハルが可愛くて仕方ないらしい。
和解とまではいかないが、
これからはハルのために協力すると言ってくれた。

 

ハルと過ごす初めてのクリスマス、
小さなツリーにショートケーキにロウソク。

ハル
「おたんじょーび?おたんじょーび?」
と言って喜んでいたハル。

クリスマスだけど、
ハッピーバースデーの歌を唄ったのを覚えている。

すごい喜んでたよ。本当。

正月にはサリナの実家や
カズエおばさんに挨拶に行った。
カズエおばさんは退院して元気そうだった。

ハル
「こににちわ」
義母
「こんにちわねw 上手ねーw」

ハルは元気に挨拶出来て誉められてた。
ずっと練習してたんだ。
出来て良かった。

進級すると、ハルの為に園が
個別で一人先生をつけてくれる事になった。
その際には佐々木先生が名乗り出てくれたらしく、
担当が佐々木先生になった。

ハルも佐々木先生に懐いてたし、本当に良かった。
で、感謝もした。

休みの日が合えば、佐々木先生の勧めで
発達障害などのサークルや集会に行くようになった。

色んな問題を抱えた親子さん達が集まり、情報交換をする。
本当に勉強になったし、勇気を貰えて支えにもなった。

 

初めて尽くしの一年だったな。

ハルは4歳になった。
いつもと違う道を通ったり、
自分のうまくいかないことがあれば
すぐ奇声をあげ発狂してたけど、
抱きしめてあげて背中をトントン。

先生
「ハルちゃんの中ではちゃんとした計画があるの。
それを崩さないように。
コツコツゆっくりでいいのよ」
と児童精神科の先生。

ハルにはハルの中で強いこだわりがあるんだ。
だからこだわりを否定してはいけない。
ハルの気持ちを尊重することが大切なんだ。

毎日仕事を終わってハルを寝かせたら、
少しでも育児に生かせたらと思い
専門の本なんかを読んで勉強した。

 

ハルは耳で聞くより目で見たものを判断する。
だから絵のカードを作って教えてあげたんだ。


「電車だよ」
ハル
「でんさー?」

「そうそう じゃこれはりんごね」
ハル
「じんごー?」

「そうそう賢いねハルは。 上手ーw」
ハル
「じょずーw」

あくまで真似してるだけだけど、
それでもうんと褒めてあげるんだ。
ハルはすごく喜んで手をパチパチさせる。

これをずっと続けていくようにした。

最近は少しずつだけど
俺の言葉にちゃんと反応し理解してくれ、
ままならない口調で返事してくれるようになったんだ。
すごい進歩だ。

毎週日曜日に行く、日課の散歩のおかげでもあった。
散歩に行くと子供達が良く集まる公園がある。

ハルは人見知りをしないが、やはりおかしな行動をする。
一緒に遊びたくて近づいてるんだけど、
まわりのお父さんお母さんなんかが、
気味悪がってわざとハルから遠ざけるんだ。

ただ仲良くしたいだけなんだよな。
少し悲しい気持ちになったけど、
それは仕方のないことだと割り切った。

その時に、ハルと良く遊んでくれた女の子がいたんだ。

まいちゃん。
ハルより二つ上なんだけど、とてもしっかりしてた。
ハルは小さい子のマネをすぐするので、
まいちゃんはすごく頼りになった。

まい
「ハルちゃんまいと遊ぼうねw
まいのお菓子半分あげるねー」
って。ハルもまいちゃんにすごく懐いてた。

 

毎日悪戦苦闘はしてたけどさ、本当に幸せだった。
我が子の成長を肌で感じながら、
自分も成長出来てるみたいで。

1日1日を大切に過ごした。
ハルにとってかけがえのない1日であるよう一生懸命に。

あっという間にハルは5歳になった。

そんなある日、事件は起きた。

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「ハルが帰ったってどう言うことですか?」

今日は佐々木先生が風邪で休みってこともあり、
臨時で別の先生がハルについていた。

先生
「ハルちゃんお母さんが迎えに来ましたよ。」

1時間も前に帰ったとのこと。
サリナが? 心拍数が上がる。
俺はすぐ携帯で義母に連絡した。


「ハルが保育園にいないんす。
もう帰ったと言われました。
サリナだと思う。
連絡ありませんでしたか?」

半年前からサリナの携帯番号が変わっていた。
そのせいでこちらから連絡は出来ない。

義母
「あの子から連絡ないわよ。
わたしも探すわね。すぐお父さんにも連絡いれる」

俺「すんません。 助かります。
俺も心あたりのある場所を探しますんで」

何故今。 何故このタイミングなんだろう。
俺はサリナが行きそうな場所を探した。
前住んでいたアパート。公園。スーパー。
不安が募る。

もしかしてもうこの街にはいないかもしれない。
ハルにもう会えない。

最悪の状況が頭をよぎる。
俺はその不安を振り祓うように探し続けた。

サリナがいなくなって2年が経つ。

ハルを返してくれ。
そして、 サリナに会ってもう一度話したい。

サリナも人の親なんだ。
ハルを置いていなくったとは言え、
こうしてまた会いにきた。
きっと思うところもある。

複雑な気持ちが入り交じる中、
俺は駅やショッピングモールなんかを虱潰しに探した。

 

途方に暮れる俺。

いつかこんな日がくるかも。
そう心の中で少しは思ってたじゃないか。
でもこんなに早くその日がくるなんて。

サリナ
「ハルが大きくなったら、また3人でこようね?w」
昔のサリナの言葉を思い出した。

春は桜が満開。
秋は紅葉で彩る。
地域にある記念公園。
あそこかもしれない。

時間が経ちすぎてあたりは暗くなっていた。
最後の希望はそこしかない。
と、そう思い夢中で走った。

俺「ハァ… ハァハァ…」
汗だくで酸欠状態だ。

ギィーコ…ギィーコ。
「キャハハハハw キャハハハハw」
ハルの笑い声が聞こえる。

街灯に照らされた二人の姿を見つけた。
ブランコに乗るハル。
それを押していたのはサリナだ。

俺「ハァ…ハァ…」
ゆっくりと近づく俺。

サリナ「久しぶり。」
そこには優しい笑顔で
ハルと遊ぶお母親の姿があった。
俺に気付いたサリナはすごく冷静だった。


「ハァ… もう…会えないかと思った…ハァ
ハルにも…お前にも…ハァハァ」

サリナ
「ハル、随分大きくなったね。本当に大きくなった。」
サリナはハルの頭を撫でながら俺とは目を合わせない。

ハル「パパァー」
ハルが俺に気付いて笑顔で走り寄ってきた。

俺は、またハルを
この手で抱きしめれた事に少し安心した。


「ずっと… ずっと待ってた…
お前ともう一度会って話したかった…
あの日記ですごく救われたんだ…」

ハルが自閉症だと診断を受けてすぐ、
佐々木先生からサリナが
毎日日記をつけていた事を教えてもらった。

俺は前のアパートにそれを取りに行ったんだ。
家財は全てなくなっていたんだけど、
大家さんが処分に困っていたと、
日記や母子手帳なんかを入れた箱を
とっておいてくれたんだ。

その日記には、
ハルが産まれてサリナがいなくなる一週間前までが
記されていた。

そこには、俺の知らないハルの成長と、
サリナの気持ちがたくさん書かれていた。

ハルが離乳食を食べた日。
ハイハイからつかまり立ちをした日。
健康診断にひっかかた日。
自閉症の疑いがあると告げられた日。

俺が会社をクビになったこと。
俺が帰らなくてなったこと。
連絡すらとれなくなったことまで全部だ。

でもその日記には、
喜びや不安は書いてあったけど、
微塵も不満や嫌みは書いてなかった。
そこには優しくてたくましい、
ただ息子を愛する母親の姿を感じた。

なのにだ。
なのに何故ハルを置いていったのか。

ずっと疑問だった。

 

サリナ
「よく分かったね。ここにいるって。」


「あー… 勘だよ。もしかしたらって…」
来ると思ってここで待っていたんだろう。
ここが最後だ。本当に来て良かった。

サリナ
「ごめんね。 勝手なことして。
心配したよね? 本当にごめん。」


「いいよ。 元気だったか…」

言葉が詰まる。

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いったい今まで何処で何をしてたのか。
何故連絡がとれなかったのか。
今は何処に住んでいるのか。
他に男ができたのか。

聞きたい事は山ほどあった。
でも、それを言葉にすることが出来なかった。
何故なら俺自身、
ずっと自由にやりたい放題してきたんだ。
今更サリナを責める資格はない。

ただこうして目の前にいる。
それが何故か嬉しかった。


「ずっと謝りたかった… 駄目なやつだよ俺…
サリナが出ていって、ハルを一人で育てて。
初めて子育ての大変さを理解した。

毎晩思うんだ。
一人でハルを育て、
サリナはきっと不安でしかたなかっただろうなって。
辛い想いをさせたこと、申し訳ないと思ってる。
本当にすまん…」

サリナ
「いいの。 わたしが悪いの。
自分が母親として未熟だったから。
ハルを連れて行かなかったのは、
わたしの身勝手だから…」

俺「なぁ…」

もう一度戻って一緒に暮らそう。
ハルのために、俺達家族のために。
そう言いたかった。
でも、
言い出せなかった。。。

俺の続きの言葉を待つサリナ。
一瞬時が止まったように、ただ無言が続く。

サリナ
「今までありがとう。
わたし出ていってすぐ、
ハルを置いてきたこと後悔したの。だからね…」
言葉を止めるサリナ。

この後何を言われるのか分かっている。
この先は聞きたくない。
頼む。
言わないでくれ。

サリナ
「だから、ハルを返してほしいの…
勝手だって分かってる。
でも、わたしにはハルが必要なの…」
と言って後ろからハルを抱きしめた。

サリナ
「お願い… お願い…」

頭を下げ肩を震わせるサリナ。

昔の俺なら即答でOKしたと思う。
その時の俺には子育てなんて無理だったからな。

俺「すまん…」
それしか言えなかった。
俺は自分の行いを後悔している。
勝手きままをしてきたんだ。

どの口で
「駄目だ。今更現れて
ふざけたことぬかしてんじゃねー。」
なんて言えるワケがない。

もう一度やり直そうなんて、
単細胞の俺はまだ変な期待を持ってた。
バカだよな俺。
そんな気持ちサリナには
これっぽちもないはずなのに。当然だよ。

サリナ
「今ならハルと二人でもやっていけるから…
本当に今日までありがとう。
ハルを面倒見てくれて…」

もし俺が何か言っても、
きっとサリナはハルを連れていくだろう。
サリナの言葉には、そんな決意や重みが感じ取られた。

それにサリナを見つめるハルの眼差しは、
ようやく母親と会えた嬉しさが滲み出ていた。
その瞳は決してサリナのことを忘れていない。

だから余計切なくなる。
ハルにどちらを選ぶかなんて聞ける訳もなく。
だいたい、ハルには理解できる状況じゃない。
親の身勝手だ。

なにより、子供にとって母親がいないことが、
どれだけ辛いかを俺自身よく理解しているつもりだ。
ハルにそんな想いはさせたくないよな。
そう思った。


「ウィンナー… 後オムライスが好きなんだ…
たまに作ってやってほしい」

サリナ
「うん…」

俺「日曜日は… 弁当持って、散歩してあげてくれ…
日課だから…」

サリナ
「うん…」


「寝る時泣いたら…
ゆりかごの歌唄って、トントンしてあげてくれ…
ぐっすり眠るんだよ」

サリナ「うん…」

強がるしかなかった。

俺は父親失格なんだ。
どれだけ2年間頑張っても、
家族を無視し続けたと言う事実は変わらない。
どんだけ努力しても。
そう簡単に溝が埋まるはずがないんだ。

 


「後親父さん達、すげー心配してたから。
連絡は入れた方がいい…」

サリナ「うん…」
そう言うとサリナが携帯を取り出した。

サリナ
「もしもしママ。 久しぶり…」
母親に電話をしたようだ。

サリナ
「分かってる… 本当にごめんなさい。
今俺君とハルも一緒… うん…分かってる。」

電話を切ると俺の方を見た。

 

サリナ
「本当に今までハルのことありがとうね…
また色んな手続きとかもあるし、
ハルの荷物もあるし。また連絡します…」
そう言ってハルの手を握り、後ろを向いた。

歩き出すハルとサリナ。
その背中を見て、
心臓がギュッと押し潰されそうで、胸が苦しくなる。

これでいいんだ。 これで。
ハルの幸せが一番なんだから。

ハルは何度も振り返って俺を見た。

本当にこれでいいのか?

俺「サリナ!!」
俺は大声で呼び止めた。

続きはこちら↓↓

サリナが振り向く。

俺「遅いし… 泊まってけよ…」

サリナはハルの表情を伺った。

サリナ「そうだね。一晩泊めてもらおうかな。。」

サリナが家に来ることになった。

もう少し。
もう少しだけでいいんだ。
ハルのそばにいたい。

 

サリナ
「綺麗に片づけてるんだね。」


「あーうん。
今すぐなんか作るからくつろいどいて。」

俺は冷蔵庫の中のもので適当に作った。
なんだか緊張する。
いつもハルと二人だったから。

その間サリナはハルとおもちゃで遊んでた。


「それ、ハルのお気に入りのおもちゃなんだ。
持っていってあげてくれw」
空元気って言うのかな?
俺は無理して笑顔を作った。

今日はずっと笑顔でいるんだ。
絶対悲しい顔をしないと決めた。
ハルに気づかれないように、お別れしたかったんだ。

野菜炒めと味噌汁だけだけど、テーブルに置く。

俺「さー食べよ。 腹減ってるだろ?」

サリナ「いただきます」
そう言って味噌汁を一口飲んだ。

サリナ「おいしい。」
サリナがビックリした表情で俺を見た。

俺「そうかw 良かったw」

サリナ
「料理出来るようになったんだね?」


「そりゃコンビニ弁当ばっかじゃ体に悪いだろw
最初は苦労したんだ。
ハルも全然食べてくれなかったしなw
食えたもんじゃなかったよw」

サリナ
「そっか。 すごいね。
ハルもすごく賢くなったし。
俺君頑張ってくれたんだね。」

ハル
「ちーまん。ちらい。」
ハルはピーマンをフォークでよけている。


「ハル。ピーマン食べないと大きくならないよ。
ずっと小ささいままだぞ」
ハル
「ちいさい。やー」

サリナ
「俺君。本当にパパみたいだねw」
サリナが笑って俺を見た。

サリナの笑顔。
今日始めて見たような気がする。
いや、ずっと見てなかったな。

こうやって家族三人で食卓を囲むのは初めてだ。
だけど、これが最初で最後なんだ。

ハルを寝かせて、電気を消し俺は畳に寝転ぶ。
サリナはハルと一緒に布団に入った。

全然眠れる気がしなかった。
ハルと過ごした1日1日を思い返していた。
ハルの寝顔を見るとまた泣きそうだ。

サリナ
「寝れないの?」
背中を向けたサリナが言った。
もう寝たと思っていた。

俺「すまん…」
何で謝ってんだ俺は。

サリナ
「俺君変わったね。
大人になった。 パパだよ本当。
ハルのこと本当に理解してるみたいだし。
ハルもすごくパパに懐いて。パパっ子だね」


「そりゃずっと一緒だったからなw
それにハルのおかげで、
少しだけど成長できたんだよ俺も。
良い父親じゃなかっただろうけど。」


「俺みたいな最低なクズ男でもさ。
こうやって父親できるんだ。

子供ってすげーよな。
どんな辛いことがあってもさ、
その笑顔を見るだけで、
よし頑張ろって思えるんだよ。
子供の成長だけじゃない。
それで親も成長していくんだなw」

ハルが初めてパパって呼んでくれた日。
俺は変わろうと思った。

ハルが自閉だと分かった時、
父親としての自覚が出来た。
本当にハルのおかげなんだ。

それから少し話した。

俺が帰らなかった頃のハルの話。
サリナが出て行ってからの俺とハルの話。
サリナが出て行った理由。
今は地方の友達のところで
介護の仕事をしていると言ってた。

初めてサリナと向き合って話したような気がする。
本当に何もかもが遅すぎたと後悔した。

サリナ
「わたしね。後悔してるんだ…
あの日ハルを置いていったこと…
何もかもから逃げ出したくなって…
気づいたら電車に乗ってた…」

サリナは何度もハルに会いに
保育園まで来ていたらしい。
何度か顔を見たけど、
足が竦んでそばにいけなかったと言っていた。


「これからは一緒だよ。
いっぱいママができるだろ?
2年間ハルも頑張ったし、
サリナも頑張ったんだ。
ハルを大事にしてくれな。
こんな俺が言うのもなんだけど。」

サリナ
「ありがとう… でも俺君はそれでいいの…?」

本当は駄目だと言いたい。
それでもハルの幸せはサリナと暮らすことなんだと
自分に言い聞かせた。


「ハルにはママが必要だよ。
俺は大丈夫だ。 ハルにまた会いにいくし…
何か困ったことがあったら
いつでも頼ってくれたらいい…」

サリナ
「ありがとう… ごめんね…」

その言葉がすごく心に響いた。
辛くてしかたなかった。

サリナは泣いているのか背中が震えていた。

続きはこちら↓↓

カーテンの隙間から、
朝の日差しが差し込んだ。
ハッと目が覚める。
いつの間にか眠ってしまったらしい。

まわりを見渡す。
布団が畳まれていた。
どうやら俺が眠っている間に出ていったらしい。

俺「はぁ…」
ため息と共に全身の力が抜けた。

 

「パパー。ごぱんするの」

えっ?ハルの声。

驚いて振り向くと、
俺のそばでハルが目を擦っている。

俺「ママは?」

ハル「しなない…」

テーブルを見ると封筒が置いてある。
慌てそれを取り出した。
中には手紙があった。
そして判のついた離婚届。

顔も洗わずそのまま手紙に目を通した。

 

「俺くんへ
朝早いけど始発があるので、
起こさないでそのまま出ます。
おじゃましました。
御飯おいしかった。ご馳走さま。

ハルは置いていくね。
夜中に起き上がって、
俺君にくっついていったの。
俺君のそばじゃなきゃ安心して眠れないのかな。

ハルは俺君が本当に大好きみたい。
そんなハルの気持ち無視できないよ。

離婚届は判を押して出して下さい。
今さらだけど、
もし今の俺君となら幸せになれたかもね。
わたし本当に最低な妻で母親でした。
許して下さい。

本当に勝手ばかり言ってごめんなさい。
もう少し落ち着いたら必ず連絡します。

ハル 一度もママって言ってくれなかったな。
当然なんだけど、すごく寂しく感じた。
これから大変かもだけど、
どうかハルをよろしくお願いします。

サリナ」

 

手紙を置くとハルを強く抱きしめた。
自然に涙が溢れる。

俺「ハル。 ママ好きか?」

ハル「しゅきー」

俺「そっか。 ママまた会いにくるからな。
それまでおりこうにしてような。」

ハル「ハルおりこーよw」

俺「うん」

 

サリナがハルを置いていったのは、
きっと俺と同じ気持ちだったんだと思う。
もし、もう一度一緒に住もうと言っていたら、
違う結果になってたのかな。

こうしてまた、 父親としての生活が始まる。
それが嬉しくて仕方なかった。

ずっと前は、家族なんかで
俺の人生犠牲にしてたまるかって思ったりしたこともあった。
でもさ、 誰かの為に生きるって大事だよな。

家族がいる。
守るモノがある。
それだけで幸せなんだ。

「見つけたぞ。 お前が探してるやつ。」

仕事中にツレからの電話だ。
サリナとの事があって数週間が経った。
あれから俺は人を探してた。


「今どこにいんの?」
ツレ
「ホストは辞めて、
○○ってBARでバーテンしてんだと。」

「そっか。 分かった。ありがとう。」

電話を切るとすぐ保育園に連絡した。
用事で遅れるって。

仕事が終わると、
その足で電車に乗り込み繁華街へと向かった。

 

俺がサリナと喧嘩ばかりで、
たまにしか家に帰らなかった頃のことだ。

毎晩クラブに行ってはナンパばかりしてた。
その時もツレと二人でナンパしてた。


「ここ初めて?」

「うんw」
ツレ(洋介)
「良かったら、
俺ここのオーナー顔きくからVIPいかない?
おごるよw」

ちょうど良さそうな女二人をタゲにした。


「行く行くーw」

きつい酒飲まして、
いい感じになったらカラオケなどに誘う。
お決まりのパターン。


「ねぇ、2人きりになれるとこいかね?」
女A
「いいよーw」


「俺ら今から外出るけど、 洋ちゃんはどうする?」

洋介
「じゃ俺らも行くか?」
女B
「うんw」

そう言って出ようとしたとこで
どうやらホストらしい。

ホスト1(リョウ)
「おいクソ。 お前俺ってやつか?」
俺にわざと体をぶつけてきた。
カチンときたけどとりあえず我慢。


「ん? そうだけど何か?」
ホスト2
「ユミって女知ってんだろ?」

ユミ?ユミ?んー知らない。

俺「いや知らね。」

リョウ
「バカかてめー。 アホなの? 先週ナンパしただろ?」


「ユミって女知ってる?」
覚えがないので洋介に聞いた。

続きはこちら↓↓

洋介
「あーたしか先週ナンパした女じゃね?
たしかユミとかって…
確か趣味ホストとか言ってたよなw」


「そんなのいたかなw ごめん。
毎日ナンパしてるから忘れたわ。
そのユミって女が何?」

先週ナンパした女は、このホストの女だったらしい。
でお冠なわけだ。

リョウ
「おいカスが調子のんなよ。
人の女に手出しやがって。 どう責任とんだ?あっ?」

他の2人のホストはそれを見てニヤけてる。


「でもあの女彼氏いねーって言ってたなw」

リョウ
「ぶっ殺す」
俺の胸ぐらを掴むホスト。

リョウ
「頭ワリーの? なんなら恐い人呼ぼうか?」


「落ち着けよホスト君。
まあ、話しならゆっくり外でしよw」

ナンパしてたら、こんなトラブルはしょっちゅうだ。
だから一応、毎回彼氏持ちかどうか確認するんだけど。
まあナンパに付いてくるような女は、
たいがいいないって言うのは当たり前か。

とりあえず女置いて
洋介とホスト3人と一緒に、表に出たわけだ。

ガキの頃から喧嘩ばかりだったし、
当然出た瞬間にボコボコにしたんだ。

一番粋がってた、リョウってホストは
鼻をやっちまってた。
泣いて許してくれって言ってたけど、
やる時はとことんやる性格だったから
歯止めが利かなかった。

氏んだんじゃないか?ってとこで
ようやくブレーキがかかった。


「ごめんなー。 ちゃんと生きてる?
お前の女かわいかったわw」

覚えてないけど。

洋介
「ウホッ。 こいつ財布に10万入ってる。
手が痛てーし、慰謝料代わりにもらっとくかw」

 

やりたい放題。本当無茶苦茶ばっかしてたんだよ。

当然のようにその報いを受けた。
ただし不幸はサリナに降りかかった。

サリナが泊まったあの日、言ってたんだ。

俺が家にいないのに、
リョウってホストと店のオーナーが来たと。

リョウはすごい怪我をしてたらしい。
俺にやられたから慰謝料払え。
払わないなら刑事事件にすると言われたそうだ。

夜中に何度もしつこく家に来たらしい。

俺が刑務所に入るのが嫌だったのと、
俺が少しでも変わってくれるならと思い、
渋々契約書にサインしたらしい。

毎月10万の支払いはきつかった。
俺とは連絡つかないし、
貯金も底をついてた。
パートだけじゃたかが知れてる。

家賃も払えず支払いに追われ、
とうとう精神的に限界がきた。
そして現実から逃げてしまったとサリナが言ってた。

何より俺を裏切ってしまった自分が許せないと。
もう母親でいられないと思ったらしい。

結局サリナを追い詰めたのは俺なんだよな。

俺はクズすぎだ。
本当。
分かってたことだけど、
結局サリナが出て行ったのは全て俺が悪いんだよ。

 

ツレに教えてもらった○○って言うBARに到着した。
ビルの二階で人気はなかった。

【close】の表札がぶら下がっている。
どうやらまだ店は閉まってるらしい。

一つの覚悟をしてリョウに会いにきたんだ。
ずっと自分の行いを後悔してきたんだよ。
そして今回も。

入り口の横で座って待ってるうちに、
リョウがやってきた。

リョウ
「すんません。 もうすぐ店開けますんで。」

俺はすぐ気づいたけど向こうは気づいてない様子だ。


「いや、 客じゃないんすよ。
リョウさんすよね?ホストやってた」

リョウ
「あーそうだけど。
リョウは源氏名で本名は違うっすよ。
あんた誰?」


「俺っていいます。 覚えてますか?」

ハッとした顔をした。どうやら思い出したようだ。

リョウ
「な、何だよ。 今さら? け、警察呼ぶぞ。コラッ」
リョウの顔色が変わり動揺を見せる。


「あのずっと前。
クラブで俺がしたこと覚えてますよね?」
俺は息を飲み目をつぶった。

リョウ
「わ、忘れるわけねーだろ。 だから何だよ今さら。」

俺「どうもすいませんでしたー」

俺は土下座し頭を床につけた。


「許してもらえるようなことではないのは
重々承知です。
でも、 本当に本当にすいませんでしたー」

俺は大声で謝った。
何を今更って感じだけどな。

それがリョウに火をつけたのは言うまでもない。

続きはこちら↓↓

リョウは立てかけてたモップで、
俺の顔に目掛けてフルスイング。
目の上を怪我したのか床に滴り落ちる。

俺「すいませんでしたー」
俺はすぐに姿勢を戻して謝った。

リョウ
「っざけんな。 このカス」
今度は蹴りだ。

それでも姿勢を戻して謝った。

リョウは完全にキレたのか、
何度も俺を攻撃した。

リョウ
「おいお前の嫁バカだよなw
きっちり100万払ってよ。
しかも追加で50万請求したら、
もう金がねーって言うから、
仕方なくちがうモンで払ってもらったわw 」

いつもの俺だったら、我慢せずに反撃してた。
でも歯を食いしばった。

サリナはそれを裏切ったと後悔してたんだ。
責任は全て俺にあるんだ。

 

叩かれすぎて感覚がなくなった頃、
リョウも疲れたのかようやく手が止まった。

リョウ「ハア。ハア。
バカかお前。ハアハア」

俺「すい…ません…でした…」
口の中を切ってうまく喋れない。

リョウ
「チッきめー。もういいよ。ウゼーッ。
その面二度と見せんな。」

そう言ってリョウは店へと入っていった。
俺は気を失いそうだったけど、
どうにか持ちこたえて壁にもたれて座り込んだ。

何故わざわざこんなことしたかって。
自分への戒め。
そして誠心誠意リョウに謝りたかった。
ただの偽善だとか、
自分に酔ってるだとか言われるかもしれないけど。
それでも俺はきちんと謝りたかったんだ。

何よりサリナはもっと辛かったんだよ。

若気の至り?
昔はやんちゃしてました?
ダッサ。
そんな父親嫌だよな。

これから先、もしハルが誰かを傷つけたとして。
俺はどんな顔でハルを叱ればいいのか。
こんな俺がハルに何て教えたらいいんだ。

怪我をさせて謝らない親が、
息子に謝れなんか言えるか?

こうでもしないと、
俺自身納得がいかなかったんだ。
これが良かったと言うわけじゃないんだけど。
それでも、俺は誇りを持って
息子にいけないことはいけないって言いたい。

少しでも良い父親になりたかった。

 

うわー、しまった。

保育園からの電話でハルの迎えを思い出した。
俺はタクシーに乗り込んで急いで保育園に向かった。
まあズタボロだったからゆっくりだったけど。

ボロボロな俺の姿を見て、
運転手さんがすごく心配してたのを覚えている。

 

ハルと佐々木先生が門の前で待っていた。

ハル「パパーw おかえりー」
ハルがよってきた。

俺「おそくなって…ごめんな…」

佐々木先生
「キャッ。どうしたんですか? その怪我…」


「すいま…せん…転んじゃって…」

すぐに近くの病院で手当てをしてもらった。
結構ひどかったけど、
体だけは丈夫だったんだよな俺。


「大した怪我じゃなくて良かったっす。
本当迷惑かけてすいません…ッ」

佐々木先生
「どこが大したことないんですか?
大怪我じゃないですか?」


「すいません…面目ない…」

ハル
「パパー、イタいの?イタいの?」
ハルが心配そうに俺を見る。


「心配かけてごめんなー。 もう大丈夫だよ」
そう言ってハルの頭を撫でた。

佐々木先生
「いったいどうしたんです?
転んでこんな怪我…ありえないです」

俺は佐々木先生に簡単にだけど理由を説明した。

佐々木先生「はぁ」
佐々木先生が深く溜め息をついた。

俺「本当にすいません。」

佐々木先生
「駄目ですよ。 許せません。
喧嘩なんて信じられない。 大の大人が。
もしもお父さんに何かあったら、
ハルちゃんはどうなるんですか?
ハルちゃんのこともっと考えてあげて下さい。」

ごもっともだ。
単細胞すぎる俺。
でも何だかすっきりしてる。

佐々木
「お父さん?
昔にどれだけ間違いがあっても関係ないです。
父親なんだからハルちゃんが間違ってたら、
きちんと注意すればいいんですよ。
それが親なんだし、誰だって子供には
正しく生きてほしいと思うのは当然なんですから。
お父さんが間違いに気づいたってだけで
十分じゃないですか?」

俺「はい」

佐々木先生
「父親なら、過去にどんな悪いことしてきても。
子供のためなら手本になれるでしょ。
大事なのは今ですよ。」

俺「はい」

正論だ。

 

佐々木
「よろしーw
もう絶対にこんなことしないって、
ハルちゃんにもわたしにも約束して下さい。」

俺「はい。約束します。」

佐々木「明日はわたしが朝ハルちゃん迎えに行きますから。
ちゃんと体を休めて下さいね。」

どうもこの先生といたら調子が狂う。
でもこうやって、
真剣に間違いを正してくれる人がいるってことは
俺には大切なんだ。

彼女の言葉はハルのためなんだ。
本当に勉強になった。

まだまだ父親としては未完成だと実感させられた。

続きはこちら↓↓

ハルは6歳になった。
随分お兄ちゃんになったんだ。
一年前まではまだまだお子ちゃまだったのにな。

こだわりが強いせいか、
計画通りにいかないといつも泣き叫んで怒ってた。
うまくいかないことがあっても、
それに合わせながら毎日のスケジュールをたて、
少しずつだけど改善してきた。

今は一人でも随分自分のことが出来るようになった。
靴を履くのも、歯を磨くのも人まかせだったのに。

ハル自身、自分で何でも挑戦する楽しみを覚えた。
これも保育園の協力のおかげだ。
精神科の先生もハルの成長をすごく褒めてくれてた。
俺自身もすごく驚いてたな。

 

ハル
「パパ? アンパンマンはバイキンマン、
パンチするのよくないね?」

悲しそうな顔で、
昨日借りたアンパンマンのDVDを見ていた。


「うん、そうだなw」

ハル
「あーーーん。(泣)
バイキンマンイタいよー かわいそーなのー」

クライマックスでは必ず本気で泣くハル。

俺が常々痛いことしちゃ駄目だって言ってる。
ハルはアニメでも十分に痛いことが伝わっているようだ。

人と接しても、
相手の気持ちや感情の理解などができないハル。
やっぱりこだわりは強かったけど、
それでもハルなりに思いやりがあって
優しい子に育ってくれてる。

それが何よりも嬉しかった。

就学相談を終え。
来年はいよいよ小学校だ。
ハルにとっての分岐点。
俺もこの時ばかりは慎重になった。

職員
「ハルちゃんは十分通常の小学校での
教育を受ける適性はあります。
お父さんはどうお考えですか?」

判定前の希望を聞かれた俺は、
すぐに答えることが出来なかった。

ハルを通常の小学校に通わせるべきなのか。
特別支援学校に通わせるべきなのか。

一度地域にある特別支援学校と、
小学校に見学に行った。
ハルは通常の小学校に行くのを
すごく楽しみにしていたんだよ。
何しろ仲良しのマイちゃんがいるんだ。

見学の時にも、マイちゃんやマイちゃんの友達と
運動場で走り回ってた。
ハルちゃん可愛いって言われて嬉しかったんだろうな。

家に帰っても、
ハル
「○○おねーちゃんがカワイイって言ってたのw
カワイイ?」

「可愛いよw」

ハルは可愛いって言う単語が好きなんだ。
興奮して嬉しそうにするハル。
その姿がとても愛らしい。

俺は将来ハルにとって
一番良い選択をしてやりたいと望んでる。

確かにハルの成長は思った以上に早かった。
同年代の健常児の子達とも、
差ほど変わらない感じだと思う。

少し前までは考えられなかったことなんだよな。

でも、不安で仕方なかったんだ。

佐々木先生
「判定で通常の小学校でも大丈夫だったそうですね?
本当に良かった」


「ありがとうございます。」

佐々木先生
「なんか浮かない顔。 どうしたんですか?」

本当は喜ぶべき事なんだよ。
でも俺はそう簡単に、
手放しで喜ぶことが出来なかった。

観察での全体行動に関しては問題ないと言われた。
ただしコミュ力に関しては少し不安が残る。

この1年本当にハルは頑張った。
支援サークル活動での一泊二日のキャンプ。
地域の子供会での旅行。
不安だったけど、ハルにとっても
プラスだと言われ俺は着いていかなかった。

少しずつ慣れない環境に触れさせ、
沢山の人達の支援の中成長していった。

このまま普通の小学校に入学して、
学力はついていくことは可能かもしれない。
でも、まわりと少し違うハルは
友達と溶け込むこともできず、
孤立していじめにあったりするんじゃないか。
どうしてもそうマイナス思考になってしまう。

ハルの意思を尊重するのであれば、
せっかく適性のある
通常の小学校に入学させるべきなんだが。

何より俺が一番不安だったのは、
ハルの安全面だった。

日課の散歩での出来事。
車道に一匹のカエル。
恐らくそばの池から移動してきたんだろう。

急に俺の手を振り解き、道路に飛び出すハル。
あっ、危ない!
急ブレーキの音で一瞬血の気がひいた。

ハルから僅か2メートル先で車は急停車。
本当に危なかった。

ハルは車が来たことなんて気にせず、
そのカエルを手でもちフラフラと池まで歩いていった。
運転手さんに謝ってハルの元へ。


「ハル危ないだろ? 車にひかれるとこだったぞ。」

ハル
「カエルさん大丈夫だよw」
笑顔で俺を見るハル。


「ハルは大丈夫じゃなかったかもしれないんだよ。
道路に飛び出したら危険なんだからな。
痛いじゃ済まないだろ?」

ハルはキョトンとした顔で俺を見る。

ハル
「カエルさんは痛くてもいいの?」


「よくないよ。 でも、ハルが死んじゃったら
パパ悲しいだろ?」

ハル
「カエルさんが死んじゃってもいいの?」


「パパはハルもカエルさんも死んでほしくないんだよ。」

ハル
「カエルさん死ぬのいやー」
泣き出すハル。

どうやらハルは、昆虫や小動物。
小さな命は守らないといけない。 そう思っているんだ。
間違いではないんだけどな。
ハルはその受け取り方が少し違ってた。

その件以来、トラウマになってしまった。

続きはこちら↓↓

小学校は保育園とは違う。
四六時中先生がそばにいるわけじゃない。
危険な場所もたくさんあるんだ。

もしハルが通常の小学校に通うことを考えると、
気が気でなくなる。

俺の中では、
特別支援学校にするべきだ。と答えが出ていた。

必ず一人担当の先生もいる。
送り迎えだってバスできちんとしてくれるんだ。

そばにいれない間は、
やはり安心できる場所にハルを預けたい。
そう考えていた。

佐々木先生には自分の気持ちを正直に伝えた。

佐々木先生
「ハルちゃんはこれから成長していくにあたって、
たくさん壁にぶつかると思うんです。
それを支えるのがお父さんであって、
私たちまわりにいる大人なんだと思います。」

俺「はい」

佐々木先生
「環境が変われば、誰だって不安になるもんですよ。
それでも自立するために、
みんな挑戦していくんですよねw」

ニッコリ笑う佐々木先生。

佐々木先生
「ハルちゃんにとって、
今成長の過程で一番大事な時期なのかもしれませんね!
ハルちゃんのやる気を見守ってあげるのも
親の役目ですよ。」


「でも、俺の知らない所で
ハルが傷ついたりするかもって思うと…」

佐々木先生
「ハルちゃんなら頑張れる。そう信じてみませんか?
生意気言ってすいませんw」

少し気が楽になった。
俺自身がハルは他の子達と違うって
区別していた部分が大きかった。
それは親として一番駄目なことなんだと
気づいたような気がする。
もっとハルを信じて、
成長を応援していかなければいけないな。
馬鹿みたいに悩んで本当に情けないよ。

育児サークルや発達障害の支援セミナーの人達からも、
ハルにとって通常の小学校に通わすのは
プラスだと後押しされ。
小学校の校長からも、
様子を見ながら支援級での学習も取り入れると言われ
進学を決めることにした。

親とは不思議なものだ。
自分の事以上に子供の将来を考えてしまう。

そしてハルは、
通常の小学校へと進学することになった。

俺もこの時、新しい挑戦をすることにしたんだ。

会社の社長から
何度も正社員にならないかと言われてた。
それでも保育園の迎えなどの時間や、
少しでもハルとの時間を作りたかったこともあり、
ずっと断ってきたんだ。

会社に迷惑かかるからな。

 

社長
「そうか? 残念だな。
一番期待してた若手だったのに。」


「すんません。
俺なりに色々考えまして、
そろそろ自分の将来も
しっかり見つけようと思います。

本当にお世話になりました。
社長には助けてもらってばっかりで。
この御恩一生忘れません」

俺はお世話になった会社を辞めることにした。

それは自分のため、ハルのため。
ハルは新しいことに挑戦する。
それは勇気がいることだ。
俺がいつまでもアルバイトしてるんじゃ駄目だ。
そう思った。

社長
「そうか。そうか。頑張れよ。いつでも戻ってこい。
お前は息子同然なんだからな。」

社長は泣いて見送ってくれた。
本当にいい人だよ。
本当に助けてもらった。
家も無く路頭に迷ってる俺を拾ってくれたんだ。

本当に子供のように可愛がってくれた。
いろんなことを教えてくれた。

感謝してもしきれない。

俺とハルは新しい1DKのマンションに引っ越した。
新規一転新しい生活が始まる。

俺はすぐ仕事が決まった。
成長したよ。
昔は何十回も面接を受けて、
何一つ採用されなかったのにな。

前からずっとやってみたいと思ってた仕事だ。
堅物だけど男気のある親方のいる工務店。
見習いから修行することになったけど、
将来大工になりたいと思った。

昔から工作が好きだったんだ。

いつか一人前になって
ハルのために家を建ててやりたい。
庭にはブランコ。
ハルの部屋には俺の作った玩具や子供用の家具。

夢が膨らむ。
俺は幸せな理想の親子を想像した。

それだけで頑張れるんだ。

 

入学式。
大きなランドセルに制服。
ピカピカの一年生。

ハル
「一年生の、松井ハルでしゅ」
家の中で何度も自己紹介の練習をするハル。

なんだか大人になったみたいで、
少し誇らしい気持ちになった。

卒園式では佐々木先生とお別れってことで、
先生のそばから1時間も離れず困らせてたのにな。
随分泣いて大変だった。

 

そして夏が過ぎ秋が過ぎた。

色々大変だけどハルは毎日が楽しいみたいで、

小学校に通わせて良かったのかもと少し安心していた。

ハルが2年生になったある日、
仕事中に学校から電話がかかってきた。

続きはこちら↓↓

先生
「お仕事中すいません。 支援級の山下です。
今日クラスのお友達が…」

俺は仕事を早上がりし、急いで学校にむかった。
職員室に着くなり、
支援級の先生が俺に話しかけてきた。

山下先生
「お忙しい中すいません。
今ハルちゃん、別室で担任の先生とお話中なんです。」

俺が呼び出された理由。

体育の授業があると言うことで、
休み時間にみんなで移動していたそうだ。
その途中、階段から同じクラスの生徒を、
ハルが突き飛ばしたと言うんだ。

被害を受けた生徒の男の子は頭を打ったそうだが、
大きな怪我はしていない。
大事をとって病院に行ったらしいのだが。

まさかと思った。
ハルが誰かに危害を加えるなんて。。。
今までそんな事なかった。
ハルはそんな攻撃的な性格じゃないんだ。

俺はハルのいる別室に入った。

担任
「ハル君、黙ってても先生分からないの。
何で突き飛ばしたりなんかしたの?
先生に教えてちょうだい。」

きつい口調でハルに問いかける担任。

ハルはボーっと担任の口元だけ見ている。
無表情で。


「先生すんません。」
それを見てすぐにハルの元に詰め寄った。

担任
「ハル君。 パニックになって興奮してたんですが、
ようやく落ち着きました。
クラスの友達の大(ダイ)くんを
階段の上から押したそうなんですが、
どうしてそんなことしたのか聞いても答えてくれなくて。」


「押したそうなんですがって?
先生はそばにおられなかったんですか?」

担任
「えー。体育の移動は生徒のみでしますので。」


「じゃあ何でハルがやったって言うんです?
見たわけでもないのに。」

俺はムッとした感じで話す。

担任
「他の生徒が、ハル君が押したと言ってます。
押された本人もハル君に急に押されたと言ってました。」

ただの決めつけだ。
ベテラン教師だか知らないがふざけんな。


「ハル? どうした?
友達が階段から落ちたんだって? それ見てたか?」
ハルに優しく問い掛けた。

ハルは黙って首を振る。
目には大粒の涙を浮かべていた。
大分泣いたんだろう、頬に涙の後が残っていた。

恐かっただろう。
ずっと質問攻めされてたのかもしれない。
一人でよく頑張った。
俺はハルの頭を撫でた。

「父親が息子を信じないでどうする」
あの日の親父の言葉が蘇る。


「ハルは階段から
友達を突き飛ばしたりなんかしてません。
ハルがそんなことするわけありません。」

俺は歯を食いしばって言った。

担任
「でも子供達が見てたんですよ。
それに何故ハル君は否定しないんですか?
私に何も答えてくれないんですよ」

担任が俺を見る目。
それが全てを物語っている。


「あんたそれでも教師か?
あんたみたいな先生だから何も答えないんだよ。」

大声で怒鳴った。
今にも掴み掛かりそうだったが、
ハルがビックリした顔をしたので、
自分を落ち着かせた。


「それでどうしたいんすか?」
冷静を装う。

担任
「あの…ちゃんと大ちゃんにも
御両親にも謝って頂ければ…」

その言葉で怒りが頂点に。


「ハルには謝る理由ないでしょ。
もっとちゃんと調べて下さい。
万が一ハルがやったなら、
俺が土下座して謝りますんで。」

再び怒り出す俺。

担任
「万が一と言われましても…」

その声に心配してか、
山下先生と教頭が部屋に入ってきた。
半ば無理矢理話を遮られ、
とりあえず後日話し合いの場を設けると言われた。

悔しくて仕方なかった。
ハルはきちんと答えられない。
パニックになってしまって、
ただその場にいるのが不安だったんだから。

それを良いことにハルを犯人扱い。

ハルがまわりと違うからなのか?
ハルが自閉症だからなのか?

そうとでも言いたいよな表情でハルを見ていた。
俺を見ていた。

悔しかった。
本当に。

 

帰り道。
手を握り、ハルの歩幅に合わせてゆっくりと歩いた。

ハル
「パパー帰ろうねw
今日ねカメさんにエサあげたの。
カメさん食べてくれたよw いっぱいいっぱい」
無邪気なハル。

さっきのことは忘れたのか、
俺に気を使ってるのかは分からない。
それでも悔しくて涙が出た。
ハルのその時の気持ちを考えると、
胸が締めつけられた。
ただのリンチじゃないか。

ハルは悪くない。 ハルは嘘をつかない。
そんな子じゃないんだ。
悪い事とか、いけない事の区別が
まだ分からないかもしれない。
それでも俺はハルを信じる。
先生にあんな事言ったけど後悔なんてしてないんだ。

あの時の親父の気持ちが
今はすごく分かるような気がする。

そして3日後。
緊急で保護者会が開かれることになった。

続きはこちら↓↓

生徒が帰った放課後。
ぞろぞろと保護者が集まりだした。

世間話などで賑わう中、
ヒソヒソと何か言っては俺を見る父母さん達。
何が言いたいのかは十分に分かってる。
どうやら俺対他保護者って感じの構図なんだろう。

やましいことなど何一つないんだ。
後ろめたい気持ちなどない。
ハルにあの時の様子を聞いていた。

俺「大君はどうして階段から落ちた?」
ハル「知らないよ…見てないの」

ハルは何もしてない。俺は父親なんだ。
ハルを信じるのも守れるのも俺だけなんだ。
俺は凛とした態度で話し合いに臨んだ。

 

教頭
「今回の件。 保護者の皆様には
大変御心配、御迷惑をお掛けしましたこと
深くお詫び申し上げます。」

教頭が謝罪し話しは始まった。

大ちゃんが階段から落ちたこと。
それを目撃した大ちゃんの友達AとB。
他数名の男子生徒も目撃。

A親
「うちの息子が言ってました。
ハル君が急に暴れて
大君を階段から突き落としたって。
大怪我をしたらどうするんです?」

B親
「うちの子供も同じ事を言ってました。」

全員の視線が俺に向けられる。


「うちのハルは…そんな事してません…」

言いたいことは全部言ってやる。
そう思ってた。
でも異様な空気に怖じ気づく俺。
無縁の世界だと思ってた。
生きてきてこんな場面に、
まさか自分が出くわすなんて思ってなかったんだろう。
足が震える。

大父
「うちの息子は頭を打ってるんだぞ
もし大怪我して後遺症でも残ったら
どうするつもりなんだよ。
どう責任とるつもりだ。」
大君の父親がまくし立てた。

大母
「お宅の息子さん障害があるんですよね?
してないなんて。 よくもそんなこと…
そんな恐い子と同じ学校で同じクラスだなんて、
もう恐くて学校に通わせれないわ」

まわりがざわついた。

「子供の責任は親の責任だろ。
きちんと説明して謝罪しろ」

「どうしてこんなことになる前に
処置してないんですか」

「なんで養護学校に通わせないんだよ」

「支援級で十分でしょ」

「そうだ」

口々に保護者が非難する。

怒りや悔しさなんて気持ちは微塵もなくなってた。
心ない言葉にただ悲しい気持ちでいっぱいになった。

教頭
「まあまあ皆さん落ち着いて下さい。
とりあえずまず松井さんにきちんと謝罪して頂いて、
今後について話し合いませんか?」

怒りや哀れみの視線が俺に集まる。

沈黙が続く。
何か言わないと。
何か。

弱気になり真っ白になった、
俺の頭の中にハルの笑顔が浮かぶ。

ハルを守らなきゃ。
ようやく口が開く。


「こうやって… 忙しいのに集まってもらって
本当にすいません…
大君が怪我をしたことは、本当に心を痛めてます。
ただ…」

大父
「ただなんだ? 言い訳するんですか?
うちの息子はまだお宅の息子さんにも
謝ってもらってないんだ。
子供が子供なら親も親だな」

言いたいことが言葉にできない。


「息子が3歳の頃から…
ずっと自分一人で育ててきました…
俺が駄目男だから… 妻にも出ていかれました…

今日までずっと… 息子には寂しい想い…
辛い想いをさせてきました…
こんな未完成な親の俺だけど…
息子は立派に育ってくれてます…」

自分でも何を言ってるのか分からなかった。
分からなかったけど
伝えなきゃいけないことを。。。
伝えなきゃ。。。
その一心だった。


「息子は発達障害です…
皆さんのお子さんのように健常児ではないです…
でも…それは悪いことなのでしょうか?…

息子は…相手の気持ちを理解することが…
極めて困難です…
急にパニックになったり…
悪戯してるつもりはなくても…
そう言う行動をとるときがあります…
でも…本人に悪気なんて…
これっぽっちもないんです…
ただ…不器用なだけで…

息子は…優しい子なんです…
人を傷つけるような子じゃないんです…
こんなこと…する子じゃないんです…」

教室が静まり返る。

 


「親だから…自分は親だから…
あの子の唯一の理解者です…
息子を信じてはだめなんでしょうか…」

途中ハルを想うと涙が出てきた。


「自分は… 母親の代わりも…
出来るはずがないのはわかってます…
母親がいない分…
それ以上の愛情を与えてきたつもりです…
一生懸命子育てをしてきたつもりです…

それは皆さんのような
親らしい親かは分かりません…
間違った子育てをしてきたかもしれません…」


「それでも…
息子は正直で真っ直ぐに育ってくれてます…
嘘をついたりする子じゃないんです…
だから… 信じてやりたいんです…

皆さんは障害を持つ人間に…
多少なり嫌悪感… があるのは…分かってます…

でも…皆さんの子供と同じように… 心があるんです…
優しさや…思いやりがあるんです…」

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だからなんなんだって話しだけど。
何が伝えたかったのかよく分からないけど。
それでもそれを言葉にすることが精一杯だった。

大父
「な、なんなんだあんた?
お、親なら謝るのが筋ってもんだろ。
あんたの息子が悪いだからな」


「自分が謝ってすむなら… いくらでも謝ります…
だから… 息子を悪者にしないで下さい…」
最後に深く頭をさげた。

涙が止まらない。
悔しいとかそんなんじゃない。
学校でハルが、まわりの生徒に
同じような言葉を浴びせられてたらと思うと
辛くて仕方なかった。

鼻を啜る音が聞こえる。
山下先生は目を真っ赤にし、
ハンカチで涙を拭き取っていた。

 

「あのー、本当に松井さんの息子さんが
突き落としたんでしょうか?」

全員の視線が声の方へと向いた。
みくちゃんて子のお母さんだ。

みく母
「うちの娘はハル君は窓に指で絵を書いてたって…
すいません娘は大君が
階段から落ちた所を見たわけじゃないんです」

それに続くように
「私の娘もハル君じゃないと思うと言ってました…」

教室内がざわつく。

教頭
「あ、あの皆さん落ち着いて下さい。」

「おい、どう言うことだよ」
「ちゃんと確かめもしないで何やってんだ」

矛先が教師へと向く。

担任
「私は生徒達にはちゃんと現場での話しを聞きました。
数名の男子生徒はちゃんと見たって…」

自信のない言葉にまわりは余計ざわついた。

教頭
「皆さん静粛にお願いします。
今日はここまでにして、
後日説明をさせてもらうと言うことで」

「ふざけるな」
「わざわざ来て何なんだ」
「だいたい学校の責任じゃないですか?」

口々に不満が出る状況に陥った。

俺はそれをただただ傍観しているだけだった。
結局話はまとまらず、
また連絡すると言うことで終わった。

 

少し肩が軽くなった。
ハルが突き落としたわけじゃないんだ。
誤解が解けただけでも良かった。

週明け午前中に学校に顔を出してほしいと、
山下先生から連絡があった。

校長
「松井さん、先日は本当に申し訳ありませんでした。」

山下先生に校長室へと通された。

俺「いえ…」

校長
「他の保護者の方にはすでに連絡済みです。
今回我々が至らなかったばかりに
大事になり本当に申し訳ありません。

大君は他の生徒とじゃれあって
階段から落ちたそうです。
たまたま近くにいたハル君のせいにしてしまったと、
大君や大君の友達が正直に言ってくれました。」

俺「そうですか…」

校長
「今回の件生徒達にも担任、教頭を含め
改めて指導をしていくつもりです。
本当に申し訳ありません。
またもう一度保護者会を開いて説明…」

俺は校長の会話を遮るように、

「あの… あの、俺は別にもういいです。
犯人探しをしてたわけじゃないんで。
誤解が解けたならそれで十分です…

ただ、 ハルは… ハルはその時、
まわりの生徒や先生に責められて傷ついたと思います…
それを今更どうすることも出来ないですが…

ただ障害だからと、
ハルがまわりと違うからと言って
区別しないでほしいんです。」

俺はハルを普通の小学校に通わせた。
それでも俺は間違っていたとは思ってない。
ハルは本当に努力をしてる。
まわりの生徒達に遅れをとらないようにするためにも。

ハルはただ普通に友達を作って
まわりと同じように小学生活をおくりたいだけなんだ。


「保護者の皆さん全員が親なわけで…
自分の子供が可愛くて守りたいと想う気持ちは
あたりまえなんです…
だから今回のことはもういいんです。
ハルには自分から説明します。」

それだけ言って校長室を出た。

 

結局何もスッキリしなかった。
こんなことで何も解決しない。

保護者会での出来事。
そして今日の校長との会話が全てを物語ってる。

責任のなすりつけ合いをする教師。
人をののしり罵倒する大人達が
本当に子供の事を考えているのか。
俺も含め、ちゃんと子供の声を聞けているのか。
疑問を抱く。

責め立てられたハルも。階段から落ちた大君も。
それを取り巻く生徒達もみんな。
誰一人として得をしないじゃないか。

犯人探しなんて必要ない。
子供達が安心できる環境を作るために、
親達が話し合う方が先なんじゃないのか。

心の中でモヤッとしたものだけが残った。

俺自身本当に
ハルの気持ちを分かってるわけじゃないんだ。

ただ自分が親だと言うだけで、
それに酔っているだけなのかもしれない。

俺がもし大君の親の立場だったら?
第三者の親の立場だったら?
それぞれの立場になって
よく考えてみないといけない。

今回よく分かった。

もっともっとハルと会話しよ。
ハルが何を求めて、日頃何を考えているのか。
もっと理解する必要がある。
そう教えられたような気がするんだ。

 

その頃ハルがいじめに遭っていることを、
マイちゃんから教えられた。

続きはこちら↓↓

ハルは女子から人気があった。
それをよく思わない子もいる。
ましてやハルは同級生との会話が得意じゃない。
一方通行になってしまい、うまく付き合えない。

ある日授業中に
ハルがお漏らしをしたのが切っ掛けで
いじめに火種がついたようだ。

この間の大君との件もあり、
薄々は気づいていたとはいえ。
そうあってほしくないと
自分に言い聞かせてた部分があったのかもしれない。

ハルは毎朝元気に登校している。
もしかして俺に気づかせないように
振る舞ってたのかもしれない。
そう思うとすごく辛い。

ハルが雨でもないのに、
体操着を濡らしてきた日があった。
靴が片一方学校でなくなったり。
ハルはたまに物をなくしたりすることがあったので、
深く聞かないようにしてた。

ちゃんとその信号にすぐ気づかなかった
自分が本当にバカで情けない。

ハルが辛い想いをしてるんじゃないかと、
夜も眠れず泣いたのを覚えてる。

本当にこんな時親って無力だよな。
学校に乗り込んで暴れたっていいんだけど、
そんなことすれば余計ハルの居場所がなくなる。

いじめてる側を叱ればいいのか?
その親に抗議すればいいのか?
担任に文句をつければいいのか?

どれもハルにとってはマイナスにしかならない。

結局向き合って話せるのは自分の息子とだけなんだ。


「ハル学校で辛いことないか?」

ハル
「うん。つらくないよ。 たのしいもん」


「学校でハルが辛い想いしてるの。
パパ知らなかったらすごく辛いよ。」

ハル
「パパつらいの? ごめんなさい」


「ハルが謝らなくていいんだよ。
ハルは学校でいじめられたりしてないか?」

ハル
「パパ。 ぼくみんなすきだよ。」


「いじめる子も?」

ハル
「うんw みんなもぼくすきになるの。ぼくがんばるの」

その言葉で
ハルが想像以上に大人になったことを痛感した。
俺が考えてた以上に
ハルは強くたくましく成長してるんだ。

ハルは自分の力で
いろんなことが出来るようになった。
今もそうなんだろう。

こんな時、
親はただ見ているだけなのかもしれないな。
唯一出来ることと言えば、
子供が望んだ時に
いつでも手をさしのべてあげることだけなんだ。
後は信じるだけ。

それは理想であって、難しいことかもしれないけど。


「ハルなら大丈夫。
みんな好きになってくれるよ」

ハル
「ぼくがんばるのw」


「でも、辛い時は必ずパパに相談するんだぞ。
いつでもパパはハルの味方だからな。」

ハル「うんw」

俺がガキの頃
果たしてこんな気持ちになれただろうか。
そんなわけない。
ハルが自分より大人な事に少し嫉妬してしまうくらいに、
ハルには本当に教えられることが多いんだと感じた。

 

ハルが3年生になった。
本が好きで毎日本読みの練習をしてる。

ハル
「パパ。きょうね。ぼくね。
さか(笠)じぞうさんはじめて読んだよw
おじいさんはね。
おじぞうさんゆき冷たいから、さか(笠)かけるの…
∽∝∂くぁwせdrftgyふじこlp…」


「そっかw かさじぞう?
ハルもおじいさんみたいに、
親切で思いやりのある人間になるんだよ。」

会話中興奮すると、
たまにわけのわからないことを言うけど
それもハルの個性だ。


「明日参観日だけどかさじぞうを授業でやるの?」

ハル
「パパくる?」


「参観日?」

ハル
「お仕事おやすみしなくていーよ」


「大丈夫だよw パパ、ハルが頑張ってる姿みたいし」

ハル
「いーの!!」
拗ねて嫌がるハル。


「わかったよw じゃぁいかないよ」

晩ご飯中。
車のおもちゃで遊ぶハル。


「ハル?ご飯中は遊ばない約束だろ?」
ハル
「いーの」

ご飯に集中してない。
こう言う時のハルは何か不安がある時だ。


「明日パパ本当に参観日行かないよ。
本当にいいのか?」
ハル
「いーの」

ハルなりに俺に気を使ってるんだなと、
その時は気楽に考えてた。

それでも親バカな俺は、コッソリ参観日に行く。

 

当日。
ハルにバレないよう、
教室に入らず入り口の外でスタンバイ。
授業が始まるとハルはソワソワしていた。
まわりをキョロキョロ、
俺がいないか確認してるんだろう。

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担任
「それではここのページ誰か読んでくれますか?」
生徒
「はーい。はーい。」

親にいい所を見せるチャンス。
生徒達が張り切って手を上げる。

ハルは? 手を上げていない。
きっと恥ずかしいんだろう。

担任
「それじゃみんな読めるように、
段落ごとに順番に読んでいきましょう」

次々に朗読をする生徒達。

いよいよハルの番だ。
あれだけ毎日本読みの練習をしてるんだ。
大丈夫。頑張れ。
心の中で一生懸命応援をする親バカな俺。

担任
「次は松井君。」
ハル
「は、ハイー」

緊張して語尾が上がってる。

ハル
「みみ、み、みんみん…」
教室内でクスクスと笑い声がする。

ハルならできる頑張れ。

ハル
「みんなでかげおくりを
もういちどやらないかい…」

担任
「松井君よく出来ました。 次松村さん」

ハルは顔と耳を真っ赤にしながら、
ゆっくり座るとうつむいた。

上手に出来たよ。
みんなに見られて緊張したのにな。

帰ってうんと褒めてあげたいけど、
今日来てるのは内緒にしてるんだ。
なんだか悔しい。

どうやらかさじぞうではなかったけど、
ハルは一生懸命に読んだ。
ちゃんと出来た。
誇らしい気持ちになった。

 

授業も終盤。

ハル「うえーーーん」
急にハルが大声で泣き出した。

俺と目が合ってしまった瞬間の出来事。
しまった。
俺がいることに気づいてしまったようだ。
担任が近づく。

授業はまだ終わってなかったけど、
教室の後ろで待機していた山下先生が
ハルを連れて教室を出た。

授業が終わり
支援級で待機してるハルを迎えに行った。


「ハルー。 帰ろう。」
ハル「…」
無言で喋らないハル。


「すいません。御迷惑おかけして」

山下先生
「いいえ。ハル君いつもなら大丈夫なのに。
人が多くて混乱したのかもしれませんね」


「いや、 今日は自分が
参観日に来ない約束をしてたんです。
その約束を破ってしまったから泣いたんだと思います。
本当にすいません」

山下先生
「いえいえ。
ハル君!お父さん迎えに来たから帰ろうね」

ハルは黙って立ち上がり、
俺をスルーして教室を出た。
俺はハルを追う。
相当怒ってる。
無理もないか。


「ハル。 ごめんな。パパ約束破って」

ハル「…」

沈黙が続く。
俺はハルの手を繋ぎ、

「今日はレストラン行こうか?
ハルの好きなハンバーグ食べよw」

ハル「はい」
少し機嫌をなおす。

 


「今日は本読みうまくできてたな。
パパ本当ハルはすごいなーって驚いたよ。
びっくりしたw」

ハルが急に立ち止まる

ハル
「パパのうそつき。
こないやきそく(約束)したんでしょ」

また泣きだすハル。


「ごめんな。本当。
パパどうしてもハルの頑張ってる姿見たかったんだ。
もう来てほしくないってハルが思うなら、
もう絶対に行かない。」

ハル「もういいの…エグッ」

俺はハルの頭を撫でた。

ハル
「パパ… パパぼくひとりにしないで…エグッ
ぼくパパいなくなってほしくない…エグッ」


「ばか。 何言ってんだよ。
パパはハルから離れたりしないよ。」

ハルの一言でこっちまで泣きそうになる。
俺は涙をこらえた。

ハル
「だって…エグッ だって…エグッ
ちいちゃんはパパいなくなるの…エグッ
ママいなくなるの…エグッ
パパ… ぼくおりこうにするよ…エグッ
だからね…おいていかないで…エグッ」

 

ようやく理解した。
知ってる人は知ってると思うけど、
『ちいちゃんのかげおくり』って話しがある。
戦争時代の話なんだけど、
俺もうろ覚えだから知りたい人は本を読んでほしい。

ハルはちいちゃんのかげおくりを読んで、
ちいちゃんのお父さんのように
俺もいなくなってしまうんじゃないかと思ったんだ。
ちいちゃんと自分を重ね合わせたんだろう。
参観日に来て、
どうしてもこの話しを俺に聞かせたくなかったんだ。

胸に深く突き刺さるものを感じた。
苦しくなる程ハルを愛おしく想った。
自然と涙が零れる。
そしてハルがこんなに不安になるのは、
俺が悪いんだとすごく理解した瞬間だった。

俺はハルを抱きしめて。

「パパはずっとハルと一緒だよ。
だから心配しないでいいからな。」

不安になるのは無理もない。
ハルは俺のせいで母親を失ったんだから。

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ハル「やきそく(約束)?…エグッ」
俺「約束。 ゆびきりげんまん…」
俺はハルとゆびきりをした。

レストランに入りご飯を食べる頃には
ハルに笑顔が戻っていたけど、
俺は複雑な気持ちだった。

ハルの不安な気持ちを、どうしても和らげてやりたい。
そう思った。

きっとハルはサリナが自分を捨てたと思ってるんだ。

ずっと母親の事を聞いてこなかったのがその証拠。
幼いながら確信したものがあったのかもしれない。

まわりの友達には、ちゃんと母親がいるんだ。
気付かないわけがない。
ハルに我慢させていることが、本当に申し訳なく感じた。

俺「ハル? ママに会いたいか?」

ハル「ママ…?」
少し間があいた。

ハル「ううん。 パパがいるからいい」
首をふるハル。


「ハルが会いたいって言ったら、 ママはきっと喜ぶよ。
ママもハルとずっと会いたいって思ってたから」

ハル「…」

俺「どうした?」

ハル「パパがいるからいいの」
頑固なハル。
そこは俺に似たのかな。

帰って眠りにつくハル。
ハルの寝顔は益々サリナに似てきた。

サリナと最後に会って半年が経ち、
サリナから手紙がきた。

それから今日までずっと手紙でやりとりしてる。
サリナはハルをいつだって心配していた。
自分から会いたいとは言いづらいのだろう。
だから言ってこなかった。

俺からハルに会いたいか?とも聞かなかったけど、
それは分かっていることだ。
俺自身ハルを会わすことに抵抗があったのかもしれない。

でももう十分だろう。

言わなくても、
サリナもハルもお互いに会いたいに決まってるんだ。
それにサリナがハルを嫌いで
置いていったわけじゃない事を知ってほしかった。

俺はサリナにハルを会わそうと考えた。

そしてハルを連れて、
サリナに会いに行くことにしたんだ。

ハルはお気に入りの電車のおもちゃ。
そしとトトロのぬいぐるみを抱きかかえている。
電車に乗って満足気に水筒のお茶をグビッと飲み干した。

前日の夜にママに会いに行くと伝えた。
ハルは何も言わなかったけどとても嬉しそうだ。

ハル
「とおいの? すぐつくの?」
俺「もう後2つ駅に止まったら着くよ」
ソワソワするハル。
何しろ4年ぶりに会うんだ。不安や緊張もある。

サリナには前もって手紙を送っていた。
番号は聞いていたけど、
かける事もなかったのでもう使われていなかった。

今日行く旨を伝えたけど、
手紙を確認していないのか
どうやらマンションにはいないようだ。

サリナの都合もあるだろうから、
会えなければ帰ればいいだろうと考えていた。

ハル
「ママいないの?
だったらおうちにかえろー」


「いてないみたいだね。
せっかくだから隣の公園で待たせてもらおうよ?な?」

ハル「はい」

ハルはジャングルジムで楽しそうに遊んでる。
きっと複雑な気持ちなんだろう。
その気持ちを隠すかのように、
いつもより元気に見せるハル。

 

日も暮れてきた。
どうやら今日は会えそうにない。
手紙じゃ仕方ない。

近くの宿に予約したからまた明日出直そう。

そう思い公園を出たところで、
公園の横に一台のワゴン車が停まった。

サリナだ。
助手席に座っていた。
運転席の男性と親しげに会話をしている。
話し終わり、ようやく助手席から降りてくると、
こちらに向かって歩いてきた。

サリナ
「えっ? 俺くん?…ハル?」
驚いた顔でこちらを見ている。


「手紙送ってたんだけど、
もしかして見てないか? 今日行くって。」

サリナ
「ごめんなさい。 ずっと忙しくて。」


「ごめんないきなり。
手紙で言うのもあれだとは思ったんだけど、
早く会わせたくて。 ハル連れてきた。」

サリナ「うん…」
サリナが瞳を潤ませる。

俺「ハル? ママだぞ」

ハルは俺の後ろに隠れている。

サリナ「ハル。 久しぶりだね。ママ!…分かる?…」

ハルは黙って頷く。

サリナがハルの目線までしゃがむと、
ハルにニッコリ微笑みかけた。

サリナ
「ハル!ママに抱っこさせてくれる?…」
そう言ってハルの手を引っ張り抱きかかえた。
ハルは緊張してか顔を強ばらせてる。

ハル「ママいいニオイ」

サリナ「本当? 汗臭くない?ハル会いたかったよ…」

泣き出すサリナ。
きっとハルがママって言ってくれて嬉しかったんだ。
ずっと会いたかったに違いない。

ハルもサリナの肩に顔をうずめている。
どうやら緊張も解けたようだ。

お互いずっとこうしたかったんだ。

俺「今日は大丈夫?」

サリナ
「うん大丈夫。
せまいけど良かったら泊まっていって。」


「俺は宿予約してるしそこ泊まるよ。
明日夕方迎えに行くから、ハルは預けてもいいかな?」

サリナ
「いいの? 本当に?」


「ハル。ママと二人で大丈夫だよな?」

ハル「はい」
ハルが笑顔で答える。


「母子水入らず。積もり積もった話もあるだろうし」

そう言って番号だけ交換し、
ハルをサリナに預けて俺はその場を立ち去った。

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翌日サリナが、
どうしてもハルと動物園に行きたいと言ったので
ハルがいいならと承諾した。
久しぶりなんだし断る理由もない。

もう一泊して
サリナがハルを俺の家まで連れて来ることになったので、
俺は一足先に一人で帰宅することになった。

 

ハル
「パパーただいまーぁ」
2日前まで顔を強ばらせていたハルだったのに。
今は晴れた表情をして生き生きしてる。

俺「楽しかったか?w」

ハル
「うんw ママね。
ゾウさんのぬいぐるみ買ってくれたのw」

本当に嬉しそうだ。 会わせて良かった。
2日ぶりのハルの笑顔を見てホッとする俺。

サリナ
「俺くんありがとう。 ハルすごい成長したねw
本当にびっくりしたw」

ハル
「パパー。 ママがおなべしてくれるの。
いいでしょー?w」

サリナ
「俺くんが嫌じゃなかったらねw」


「いいよ。 今日仕事大丈夫だったの?」

サリナ「うん」

3人でスーパーまで買い出しにいき、
サリナが鍋の支度をした。
俺はその間ハルと話しをしていた。
2日間のことを嬉しそうに話すハル。

それが少し切なく感じた。
すぐにサリナとお別れしなきゃならないんだ。

鍋を食べ終わると、
サリナがハルを寝かせてくれた。

サリナ
「ハル寝たw 本当可愛いね。」

俺「うん。」
俺はサリナにお茶を入れた。

サリナ
「ありがとう。
俺くん。 急に来てびっくりしたけど、
本当にありがとうね」


「ごめんな。 いきなり訪ねたりなんかして。
車の彼は彼氏?」

一度は籍を入れ愛し合った仲なんだ。
気にならないって言うと嘘になる。

サリナ
「えっ…うん。そう。
わたしより3つ上なんだけど、
すごく誠実で優しい人よ。」

俺「そっか…」

何落ち込んでんだ俺は。
自分でサリナを手放したんだろ。
それに普通に美人だし、男がいてもおかしくない。

サリナ
「俺くんは? 俺くんモテるし
良い人見つけてるんでしょ?」


「そんなわけないよ。
俺は本当に女っ気ないからw
ただのおっさんだしw
それにハルがいるからハル一筋かなw」

サリナ
「うんw あっ、わたしそろそろ帰るね!」

サリナが時計を見た。


「あーそうだな。 あのさ、
たまにはハルに会ってやってくれないかな?」

サリナ
「いいの?」


「ハルも喜ぶし。
それにやっぱり俺じゃ母親変わりはできないから」

サリナ
「ありがとうw 俺くん本当に変わったね。
すごく頼もしくなったね。
ハルもずっとパパの自慢してたよw」

そう言ってサリナは帰っていった。
サリナに彼氏がいる。
少し複雑だけど、サリナは新しい人生を歩み、
幸せを取り戻そうとしてるんだ。
祝ってあげなきゃな。
そう思った。

サリナと離婚したとは言え、
お互いいがみ合ったり憎み合ってるわけじゃない。
それならサリナがハルに会いたい時。
ハルがサリナに会いたい時に会えばいいんだ。

それが今ハルにしてあげられる、
最善の方法だと考えた。

それからハルは、
月に1、2度サリナに会うようになった。


「ハル! お前なんてことするんだ!」
公園で俺の怒鳴り声が響く。

ゆき「うえーーんっ」
ハルの友達のあつし君の妹が泣き出した。

砂場でいきなりハルが
ゆきちゃん(あつし妹)を突き飛ばしたんだ。


「ハル。何で今ゆきちゃんを突き飛ばした?
駄目だろ。 そんなことしちゃ。」
ハルとゆきちゃんのいる砂場に駆け寄った。

ハルは怒った顔で、座り込むゆきちゃんを睨みつけた。


「ハル? 聞いてるのか?
何でゆきちゃんを押したりしたんだ?」

ハル
「ぼくわるくないの」


「わるくないじゃ分からないだろ。
ゆきちゃんに謝りなさい。
どんな理由があっても
人に痛いことしちゃだめだって、
あれほど言ってるだろ?」

ハル
「ぼくわるくないの! わるくないの!」
ハルは目に大粒の涙を浮かべた。


「ハルごめんなさいは?
ちゃんとゆきちゃんに謝れ!」
俺はハルを強く叱りつけた。

ハル
「ギッギギギィー。 うわぁぁぁぁーん」
大声で泣き叫ぶハル。

砂場の滑り台から滑り降りてきたあつし君が
ゆきちゃんに歩み寄って立たせた。

続きはこちら↓↓

あつし
「ゆき泣くな。 痛くないだろ?」

ゆき「シクシク… シクシク…」


「ゆきちゃんごめんな。 怪我しなかった?」
俺はゆきちゃんのスカートについた砂を払い、
ハンカチを渡す。

ハル
「うあーーー。ゆきちゃんのバカーーー」
ハルが泣きながら足をジタバタさせる。

俺「いい加減にしろ」

俺はハルの頬を平手で打った。
バシッと強い音がした。

ハル
「パ、パパなんて大嫌い。
パパなんてもうしらない、、、
くぁwせdrftgyふじこlp」

驚いた表情から一変。
怒りの表情で目を真っ赤にし俺を見るハル。

そしてハルは走って公園から姿を消した。

あつし
「おじちゃん。 ハル悪くないよ。
ゆきがハルのおもちゃ壊した。」

ゆき「ごめんなしゃい…」

ゆきちゃんの足下には、
スコップで凹んだバスのおもちゃが
無惨な姿で転がっていた。


「いいんだよ。
ゆきちゃんもあっちゃんも本当にごめんな。
ハルとまた遊んであげてな。」

そう言ってバスのおもちゃを拾って、
ハルを追い掛けた。

 

何をやってるんだ俺は。
最低だ。
あれだけ痛いことするなって、
ハルに教えてきた俺が手を挙げるなんて。

家に帰ると、
ハルは勉強机に座りふさぎ込んでた。


「ハル。 痛かったか?
パパ叩いたりしてごめんな」

ハルの背中越しに語り掛ける俺。
ハルはシクシク背中を揺らす。


「ハルのおもちゃ壊されて怒ったんだよな?
でもな。
自分がされたら痛いって思うことをしちゃいけないよ。
もし間違ってしちゃったらきちんと謝らないとだめだ。」

ハル「シクシク」


「ハル。 パパもハルのこと叩いたのごめんな。
パパも痛いことしちゃったのすごく反省してる。」

ハルのは俺の顔を見ようとしない。


「おもちゃはまた買ってあげるよ。 だから…」

ハル「あれじゃなきゃだめなの!」
俺の言葉を掻き消すようにハルが叫んだ。

ハル
「ぼくの宝物なの。 パパのバカ。 パパなんてきらい」


「おもちゃは新しいの買えばいいよ。
ハルはちゃんとゆきちゃんにしたこと反省しなさい」
俺の口調も強くなる。

ハル
「ママ… ママならおこらないもん。
ママならわかってくれるもん」


「分かったよ。 勝手にしろ。
もうパパ知らないからな。
そんなにママがいいならママのとこいけ。」

俺もカッとなりハルをほっておくことにした。

 

夜、晩御飯が出来部屋を覗いたら
泣き疲れてかハルは眠っていた。
少し言い過ぎたかなと思いながら、
椅子から降ろし静かに布団に寝かせる。

俺「はー」
大きなため息が出る。
お茶を飲みながらボーっとしていた。

最近イライラする。
サリナと会うようになってから、
ハルはいつも以上に甘えるようになった。

サリナとの時間がハルにとっては
大きな変化だったのかもしれない。
環境の変化と共に少しずつハルが変わりつつある。
そしてハルの心境の変化に、
俺自身戸惑うようになりイライラしてるのかな。

嫉妬なんだろうか?
サリナにハルをとられたような感覚だ。

「パパなんてダイキライ」
父親として
これほどグサリと突き刺さる言葉は他にない。

そう言えば、ハルに初めて手をだした。
言葉で理解してもらえないからと言って
手を出すなんて。。。
最低の親だ。

ハルも少しずつ大人に近づいていってるんだ。
理解してもらえないこともある。
譲れない気持ちもあるんだ。
それを理解せずに力で訴えかけるなんてな。
そんなことではハルの気持ちが
離れていくだけじゃないのか。

何も変わってない。
俺はあの時のまま。
若い頃の自分と何も変わっていない。

ハルを叩いた手、
まだジンジンしてるような気がするんだ。
それは心に何か訴えかけるような感覚だった。

急に胸が苦しくなる。
ハルを叩いてこんなに辛いなんて。
きっと叩かれたハルはもっと傷ついたに違いない。
あれほど理解してもらえるまで
言葉で伝えよって決めてきたじゃないか。

ハルが起きたらもう一度謝ろう。
ちゃんと話し合わないと。
そう思った。

 

朝の日差しが差し込み、俺は目を覚ました。
いつの間にか寝てしまったようだ。
テーブルには手をつけていない晩御飯が、
昨日のまま置いてあった。

きっとハルお腹を空かせてるだろうな。
そう思いハルの部屋へと行った。

俺「ハル?お腹…」

部屋にハルの姿がない。
玄関を見に行くとハルの靴がない。

続きはこちら↓↓

ランドセルはあるので学校へは行っていない。

どこへいったんだ?
まさか。。。
まず間違いない。
サリナのところに行ったんだ。

俺はサリナに電話した。

 

サリナ
「こんな朝早くにどうしたの?」


「ハルがいなくなった。昨日喧嘩したんだ。」

サリナ
「えっ? どこにいったか分からないの?
わたしも急いで準備して探すね」


「いや。サリナは家にいてくれ。
もしかしたらお前に会いに行ったのかもしれない。
俺は思い当たるとこ探すから」

サリナ
「分かった。警察には一応連絡するね。
補導されてるかもしれないし。」

俺「分かった」

急いで支度して、
会社と学校に連絡を入れハルを探しに出た。

夕方になってもハルはまだ見つからない。

サリナからは何も連絡がない。
もしかして…
最悪の状況が頭によぎる。

途方に暮れる俺にサリナから着信が入った。

サリナ
「ハル見つかったよ。」

やっぱりハルはサリナに会いに行ったらしい。
電車で向かったのはいいが、
サリナの住む方とは逆の路線に乗ってしまったんだ。

迷子になって一人寂しかったろう。
結局駅員が保護し警察がサリナに連絡をした。

少し安心する俺。


「ありがとう。 迷惑かけたね。
じゃ俺迎えに行くから、
今ハルどこにいるか教えてくれる?」

サリナ
「いいの。 わたしに連絡あったから。
きっとハルも俺くんに会いにくいと思うの。
わたしにまかせてくれないかな?」


「分かった… 悪い…」

仕方がないとことだ。
今実際にハルと会って
何て言えばいいのか分からない。

サリナ
「またハルと会ったら俺くんに連絡するから。
安心してね。」

俺「あー… すまん…」

俺が迎えに行きたかった。
でもハルはサリナに会いに行ったんだ。
連絡を待つしかない。

俺は意気消沈し、重い足取りで家路についた。

その後ようやくサリナから連絡がきた。

サリナ
「俺くん? ハルは無事迎えにいけたから。」


「ハルは… ハルは…怪我とかしてなかった?」

サリナ
「うん。 すごく泣いたみたいだけど、今は大丈夫。
今日はハル、わたしが連れて帰るね」


「え… あー… ハルと少し話せないかな?」

電話越しにサリナがハルに問いかけている。

サリナ
「ごめん。 今日はハルも色々混乱したみたい。
また少し落ち着いてから連絡するね。」


「そっか… 分かった…」

一言元気な声を聞きたかった。
一言ハルに謝りたかった。
この時、
俺の中でどうしようもない不安を
掻き立てられていたのを覚えている。

3日してサリナから連絡は来ない。
俺からサリナに連絡するも、

サリナ
「ハルは今はまだ俺君に会いたくないって。」


「一言でいいんだ。 ハルと話したい」

サリナ
「俺君? ハルがどうして怒ったのか知ってる?」

そんなこと。。。
俺がハルのことブったからだ。
そう思ってた。


「初めてハルに手を挙げたんだ。
きっとショックだったんだよな…」

サリナ
「それもあるかもだけど。
ハルのおもちゃ。
ハルが何よりも一番大事にしてたモノなんだって。」

その言葉でハッとした。
バスのおもちゃ。
俺が初めてハルに買ってあげたおもちゃだ。


「ずっと昔に買ったモノだぞ。
そんなこと覚えてるものなのか…」

サリナ
「多分…覚えてるんだよ。
だってそれが大切なものだって
ずっと思ってきたんだよ。」

そう言えばいつも大事にしてた。
新しいおもちゃを買っても
それだけはいつもハルのそばにあった。
色褪せて傷だらけなのに。
ハルは大事にしてくれてたんだ。

俺は自分の不甲斐なさを知る。

今は普通に働き普通に生活を送れてる。
好きなものだって買えるんだ。
俺はあの日、
家を失いハルと2人人生のどん底にいた。
当たり前の環境もその頃は当たり前じゃなかった。
その頃の気持ちを、
小さなことがどれだけ幸せで大切なのか
忘れてしまっていた。

ハルにとっても俺にとっても、
このバスのおもちゃは一つの思い出で、
何より大切な宝物なんだ。

それを俺は簡単に買えばいいだなんて。。。
ハルの気持ちを踏みにじったのかもしれない。

言葉にならない気持ちが込み上げ、
ただ胸が苦しくなった。

それからすぐ、サリナから会いたいと言われ
ファミレスで会うことになった。

続きはこちら↓↓

俺自身もサリナに会って話したいと思ってた。

ハルにとって何が大切かを考えた。
俺とサリナ、
両方がそばにいることがいいに決まってる。
「もう一度やり直そう」
今すぐじゃなくても。
少しずつでいいんだ。三人で暮らそう。
そうサリナに言おうと決めていた。

 

俺「ハルは?」

サリナ
「今日はママに預けてる。
学校にはちゃんと連絡してあるから。」


「ごめんな。 色々迷惑かけて。ハルはどうしてる?」

サリナ
「元気にしてる。 俺君の話ししたら拗ねるの。
でも本当は会いたいんだと思うよ。」

俺「そっか。」

ぎこちない会話。
言わなきゃ駄目だ。
ちゃんと言わなきゃ。

俺「あのさ… ちょっと話しが…」

サリナ
「あのね… 相談があるの。 あっ?」

サリナの表情を伺う。
喜べる相談ではないのは明らかだ。

俺「サリナからどうぞ」

サリナ
「うん… わたしね。結婚しようかと思うの…」

「こ、この、この間の車の彼?」

馬鹿。
動揺する俺。

サリナ
「うん…そう。 この間プロポーズされたの…」
俺「……」
そりゃ彼氏がいたんだ。
俺が期待する展開になるわけがない。

サリナ「俺君?」
心配そうに俺を見た。


「あっ、あっそーだよなw
彼氏とはうまくいってるんだw
良かったw本当w
サリナがいい人って言ってんだし、
間違いないよwうんw」

馬鹿みたいに明るくして祝福までしてる俺。
情けない。。。

サリナ「ありがとうw」
ニッコリ笑顔で答えるサリナ。
本当に嬉しそうだ。

サリナ「俺君の話しって?」

とてもじゃないが言い出せる状況じゃない。
もう一度やり直したいなんて。
今さらだよ。 本当今さら。


「いや。 俺は…
あっ、ハルのおもちゃ治したんだよw
これハイ。」

紙袋からハルのバスのおもちゃを出した。
ボロボロだけど、
なんとか動くくらいは修復できた。

サリナ
「あっ…うん。 ハルに渡しておくね。」

サリナはまだ何か言いたそうにしてる。


「どうした?」

サリナ
「うん… ハルのことなんだけど…」

言いづらそうにしてる。


「まだサプライズでもあるのか?w
何だよ。 何でも俺に言ってくれればいいよw」

皮肉を言いながらも
これ以上嫌なことは聞きたくない。

サリナ
「ハルね… わたしに引き取らせてくれないかな…」
少し悲しげな表情をするサリナ。

俺「え… いや…」

サリナ
「勝手ばかり言って本当にごめんね。
でも… ハルのそばにいたいの…
わがままだって分かってる…」

サリナは目に涙を浮かべ俺にお願いする。

俺「ハルはなんて?」

サリナ
「ハルにはまだ何も言ってないよ…
こんなこと言うなんて無神経だと思うんだけど…
もうハルに彼を会わせたんだ。
彼すごく子供が好きで面倒見もいいの。
ハルもすごく懐いてた。」

追い討ちをかけるように俺の心に突き刺さる。

サリナ
「彼がハルと3人で暮らそうって言ってくれてるの。
わたしも彼と住むようになったら専業になろうかなって…
ハルとの時間も増えるし、ハルにもその方がいいと思う…」

俺「うん…」

サリナ
「昔はあんなに無茶苦茶してたのにね…
俺君もいいパパになったよ。
俺君にはハルを育ててくれたこと、
すごく感謝してる… だから…」

だから何だ?
昔は自由気ままに勝手してきたんだから
返せと言わんばかりだ。

サリナ「だからハルを引き取らせて…」

沈黙が2人の間に続く。
サリナはハンカチで鼻をすすりながら、
俺の顔を伺い答えを待っている。

俺「あのさ… ハルに会わせてくれないかな…」

サリナ「うん…」

ハルとは週末会うことになった。
俺の答えは言うまでもない。
ハルを渡す気なんて毛頭ないんだ。

それでも複雑な気持ちではあった。
サリナも母親だから、
子供の成長をそばで見届けたいと思うのは
当然のことなんだ。

 

週末ハルと駅で待ち合わせした。

ハル「パパー」
気づくなり俺に抱きつくハル。
どうやらもう怒ってはいないようだ。

サリナ
「じゃ、わたしはこれで。 また連絡くれる?」

俺「分かった」

サリナと別れ、
電車に乗り大きな公園へと向かう。
ハルは俺の手を握り、もう片方には
俺がサリナに渡したバスのおもちゃを持っていた。

この間のことなんて、
まるで何もなかったかのようにハルは無邪気だった。
俺も嬉しくて大人気なくハシャいでしまってる。

ただ不安な気持ちを
誤魔化すようにしているだけなのかもしれない。

続きはこちら↓↓

凧揚げをした。
ハルは一生懸命走って凧を揚げる。

ハル
「パパーw たかいでしょーw」


「うん 上手い上手いw」

朝早起きをして
ハルの好きなものばかり入れた弁当を作った。


「ハルの好きなウインナーも肉巻きもあるぞ。
パパ頑張って作ったからいっぱい食べてくれる?」

ハル
「おいしーよ。
おにくもーたまごやきもーウインナーもー。
ぼくのすきなのばかりでうれしー」


「ハル。 ママ好きか?」

ハル
「うんw じゅぎーw」
口一杯におにぎりを詰め込み返事するハル。


「ジュン君(サリナの彼氏)はどうだ?
ハルに優しくしてくれたか?」

ハル「…」
少し暗い表情をするハル。


「どうした? パパに遠慮しなくてもいいんだよ」

ハル
「やさしいよ。
おじさんカメンライダーのショーに
つれていってくれるの」

俺「そっかw」
俺は一生懸命に笑顔を作る。

ハル
「パパもいく?」

「うんw つれていってくれるの?」
ハル
「うん! ママにおねがいするねw」

ハルの笑顔が無償に愛らしくて
ギュッと抱きしめてしまった。


「ママと一緒に住みたいか?」
ハル
「うんwパパも?」

「パパは一緒に住めないよ。」
ハル「いやーーー」

急に怒って大声を出すハル。


「ハル。 パパとママはもう一緒に住めないんだよ。
だからハルはママと一緒にいてあげてくれないか?」

ハル
「パパもいっしょがいいー。 ギギギギ」
歯を食いしばり泣きながら怒るハル。
暴れるハルを力強く抱き締めた。

 

今日ハルと会うまで、
絶対にハルを渡さないと決めていた。
けど昨日サリナの彼氏のジュンが
俺に会いにきたんだ。

ジュン
「ハル君を引き取らせて下さい。
僕は十分な収入もあります。
だからハル君にはもっと環境のいい学校に
通わせたいと思ってるんです。
お願いです。 必ず幸せにしますから」


「サリナに頼まれたのか?
サリナのためだけなら無理だよ」

ジュン
「いや、 勝手に来ました。
サリナの笑顔をずっと見ていたいし、
悲しい顔は見たくないんです。
サリナのためって言うのは事実です。
でもハル君に会って、
この子の父親になりたいって思ったんです。」

帰り際サリナには内緒にしてくれと頼まれた。
よくできた男だと純粋に思った。
サリナが選んだ男なんだ。
嫉妬する自分が恥ずかしくなるくらいに、
ジュンに好感をもてた。

そしてサリナとの別れ際の顔を見て、
今日ハルとしたたわいもない会話に
サリナへの愛情を強く感じた。
そしてハルをサリナに引き取らせる方が
いいのかもしれないと強く思った。

今の俺にとってハルは全てだった。
それでもハルの幸せを願うなら、
ハルはサリナといるべきなのかもしれない。

ハル
「パパぼくとずっといっしょて
やきそくしたでしょー… グエーン(泣)」

俺「ハル。パパの話しをよく聞いてくれるか?」

ハル
「うぞづぎーうぞづぎー」
泣いて暴れるハル。


「ハルは男の子だろ?
だからパパに変わって
ママを守ってあげてほしいんだ」

ハルを抑えつけるように腕に力が入る。


「パパとは住めなくなっても、
パパはいつもハルに会いにいくよ。
ハルが悲しい時、辛い時は
すぐにハルのところに行くよ。」

俺の中でハルとの思い出が蘇り、
それを吐き出すかのように涙が溢れ出す。

ハル
「パパぼくのこときらいなになったの?」

俺はもっと強い力でハルを抱きしめた。

俺「大好きだよ。 世界で一番だ…」

ハル
「ぼくもパパだいすきだよ
きらいっていってごめんなさい」


「パパと約束してくれるか。
ママをちゃんと助けるって。」

ハル
「やきそく。 パパもぼくにあいにきてね…えぐっ」

俺「約束するよ」

一生の別れじゃないんだ。
ハルにどちらか選べなんて言える訳がない。
全員が幸せになる方法なんてないんだ。
俺が犠牲になれば済む話だ。
これでいい。
ハルにとって幸せを考えれば。
こんな半端者の俺が、
ハルを本当に幸せに出来るわけがない。

日も暮れ、
ハルはいつの間にか俺の背中で眠っていた。
サリナに会い眠るハルを預ける。

サリナ
「俺君。本当にありがとう…
ハルはわたしにまかせて。」


「うん、頼む。 荷物は後で送るよ。
また手続きとかあったら連絡して。」

サリナ「うん。」

俺はサリナの顔もハルの顔も見ずに振り返った。


「幸せになってほしい。
ハルも… 幸せにしてやってくれ…」

俺は背中を向け、涙を見せないようにした。
いくら強がっても、
ハルを手放す辛さを我慢出来なかった。

サリナ
「本当にありがとう…」


「俺こそ…」

その日を境に俺は一人になった。
家に帰ってもハルはいない。
無償に淋しくなる。

今まで子育てに一生懸命だった。
それは俺の人生の一部であり
生きがいでもあったんだ。

今は何もなくなった。
俺にはただ孤独と虚無感だけが残った。

 

「松井さん? お久しぶりです」

俺「久しぶりです。佐々木先生」

去年佐々木先生の誘いで、
ハルと一緒にイチゴ狩りに行った。それ以来だ。

俺「どうしました?」

続きはこちら↓↓

佐々木先生
「去年のイチゴ狩りの時の写真出来ました。
て遅すぎですよねw
カメラのことずっと忘れてて、
現像したからお渡ししようと思ってw
今時間ありますか?」

近くの喫茶店で
佐々木先生と待ち合わせすることになった。

佐々木
「これとこれ! ハルちゃん可愛くとれてますよw
あっこれは私のお気に入りw
ハルちゃんとお父さんすっごく笑顔w」

テーブルにはイチゴ狩りの時、
佐々木先生が撮ってくれた写真が並んでいる。

ハルの楽しそうな笑顔。
少しホッコリした。


「わざわざありがとうございます」

佐々木先生
「いいえw ハルちゃん
最近どうしてるかなって思ってたしw」


「あの… ハルなんですが…」

俺は佐々木先生に
ハルの現状と今日までの経緯を説明した。

 

佐々木先生
「そうなんですね…
だから松井さん元気なかったんだ…」


「いや… すんません。
せっかくわざわざ足を運んでもらったのに」

佐々木先生
「いいえ… でも… ハルちゃんがいなくなっても
お父さんには変わりないんですからw」

優しく俺に微笑みかける。


「はい」

佐々木先生
「せっかくなんだから、
これからは自分の時間を大切にしなきゃですよw」
俺「はぁ」

気のない返事で返す俺。
そんなこと分かってるんだ。
それが出来ればどれだけ気が楽か。

佐々木先生
「ね?良かったら今度映画見にいきません?
私どうしても見たい映画があるんですw
もちろん私おごりますよw」


「はい、いいですね」

佐々木先生
「じゃー決まりw」

何でこうなったかは分からないけど、
寂しい独身男の相手をしてくれるんだ。
断る理由なんてないだろう。

 

それから佐々木先生とは頻繁に会うようになった。
ご飯に行ったり、
俺がスケボーが好きだったので
公園によく付き合ってもらったり。

佐々木先生
「一歩ずつ何か始めていけばいいんですw
新しい幸せはきっと見つかりますよ。
私も時間があるときはいつでも付き合いますからw」

そうだ。 一歩ずつでいいんだ。
時間はいくらでもある。
何か新しい目標を見つけなきゃ。

ハルのいない生活にまだ慣れないけど、
少しずつ自分の幸せを見つけないとダメだ。

そんな日々を過ごす中、
ハルから一通の手紙がきたんだ。

(パパへ
おげんきですか?
ぼくはげんきです。
ママもげんきです。

このあいだ学校のおともだちと、
ゲームであそびました。
ぼくはいちばんになったので、
とってもうれしかった。

パパはうれしかったことありますか?
はやくパパにあいたいです。
パパにあうまでなかないようにがんばっています。
はやくあいにきてね。

まついはるより)

 

ハルが一生懸命書いた手紙。
下手くそな字だけど、
普通の手紙なんだけど。
心に響く手紙だったのを覚えている。

俺はすごくハルに会いたくなった。
今まで我慢していた気持ちが爆発するかのように。

佐々木先生
「え? ずっとハルちゃんと会ってなかったんですか?」
佐々木先生はたまに
俺がハルと会っているもんだと思っていたらしい。

居酒屋で俺は佐々木先生に相談していた。


「こんなこと、 佐々木先生に
相談することじゃないんすけどね」

佐々木先生
「だったら今すぐ会いにいきましょ?
私近くまで付いていきますよ」

酒が入ってテンションが上がる佐々木先生。


「いや今からはさすがにまずいっす。」

佐々木先生
「ウジウジウジウジ… 男でしょ?
てかハルちゃん可哀想です」


「可哀想?」

佐々木先生
「だって、手紙に書いてまで会いたいって…
子供は純粋なんですよ。 特にハルちゃんは!
今日が無理なら明日。明日必ず会いに行って下さい。」

少し呂律が回らなくなってる佐々木先生。


「でも、会ったら…
俺泣いちゃうかもしれないっす。」

佐々木先生
「いいじゃないですか!
大人が泣いちゃだめなんですか?
ハルちゃんに会っていっぱい泣いて下さい。
でちゃんとハルちゃんに謝って下さいね。
会いに行かなくてごめんって。」


「そうすね」

佐々木先生
「父親放棄は最低ですよ」

まったくその通りだ。

サリナが家を出て行って、
ハルに母親がいなくなった。
それと今俺は同じ事をしている。

次の日俺はハルに会うことにした。
俺はただ単純に
誰かに背中をおして欲しかったんだと思う。

佐々木先生には
本当に何から何までお世話になってる。

サリナに連絡をし、夕方家に行くことになった。

続きはこちら↓↓

ハルに会うまでの時間は大分ある。
落ち着かず何故か台所に立つ俺。
昨夜は一睡も出来なかった。

やべっバニラエッセンスねーや。
なんて思いながらハルに喜んでもらおうと
お菓子作りを始めた。

朝早く近くのデパートにプレゼントを買いに行った。
今は仮面ライダーがお気に入りらしい。
仮面ライダーのおもちゃを手にしながら、
これハル喜ぶかなー。 なんて期待に胸膨らませる俺。

ドキドキ、ワクワク。
こんな気持ちはいつぶりだろうか。
ハルの笑顔が頭に浮かび、ついついニヤケてしまう。

 

そろそろ時間だ。
ケーキとプレゼントをもって
ハルの住むマンションへと向かった。

見るからに金持ちの住むマンション。
ここにハルが住んでいるんだ。
部屋番号を押し中に通された。

エレベーターの17Fのボタンを押し、
ゆっくり上がっていく。
俺の気持ちも高ぶる。
そしてすごく緊張する。

ハル「パパー」

玄関を開けるや否やハルが飛び出してきた。


「ハル! 元気してたか?」

ハル
「うんw パパおそいよ ぼくずっとまってたの」

ハルはいつもと変わらぬ満面の笑みで
俺を迎えてくれた。
今にも泣き出しそうだが我慢した。

サリナ
「俺君上がって。
ハル朝からずっと楽しみにしてたんだよw
俺君に会うの。
まだかまだかってうるさかったんだからw」

サリナに言われ部屋にあがらせてもらった。
ハルに手を引っ張られリビングへと入る。
長い廊下に広いリビング。
何不自由ない暮らしとはこのことだ。

こんなマンション、
テレビの中だけだと思ってた。
そう言えばジュンが
一流企業で働いてるって言ってたな。


「あっこれケーキ。」
サリナ
「えっ?ありがとーw
わっ!俺君が作ってくれたの?」


「うん、 味の保証はできないけど」

サリナ
「良かったねーハルw 後で食べようね」


「それにしてもすごく立派な住まいだなw
幸せそうで良かったよ」

サリナ
「うんw ありがとw」


「彼氏は?」

サリナ
「今日は朝からゴルフだし、帰りは遅いの。
大丈夫w彼には俺君が来ること伝えてるからw」

ハル
「パパーこっちこっちw
ぼくのおへやみてみて」

ハルは嬉しそうに俺の手を引っ張る。

ハルの部屋。
理想の子供部屋だ。
新しい勉強机にベッド。
そしておもちゃが綺麗に置かれている。

俺「あっ?」

ハルに買ったプレゼント。
渡すのが恥ずかしくなった。

大きいサイズの仮面ライダーフィギュアに、
ベルトのおもちゃが置かれてある。
ジュンに買ってもらったんだろう。

それに比べ俺が買ったのは
10センチ程の安物フィギュア。
プレゼントされても嬉しくないだろうな。
俺はそっと後ろのポケットに隠した。

 

サリナ
「お茶入れたから飲んでw」

リビングに戻りソファーに腰を下ろす。
ハルも俺の隣に座りずっと俺の顔を見る。
余りにもマジマジと見るので、
何だか照れてしまう。


「ハルもサリナも元気そうで良かった。
それに幸せそうで安心したw」

サリナ
「うん。 何でハルにずっと会いにこなかったの?」


「俺馬鹿だから
会ったらだめだって勝手に思ってた。
本当にごめん」

ハル
「パパごめんしないでいいよ。
ぼくおりこうにしてたよ。
きょうパパにあえたからすっごくうれしい」

無邪気な笑顔に癒される。

俺「ハルごめんな…」
今にも泣き出しそうだが、カッコ悪いから我慢。

サリナ
「これからはちゃんとハルと会ってあげてね。
ハルはパパ大好きなんだからw」

俺「うん…」

ようやく何か吹っ切れたような気がする。
ハルに会えるだけで幸せなんだ。
無理に何か幸せを見つける必要なんてないんだよな。

 

ガチャッ
玄関から誰かが入ってきたようだ。

サリナ「あっジュン君だ。」
そう言いながら玄関へと向かうサリナ。

サリナ
「おかえりー。 早かったね。」

ジュン
「部長が体調悪くなったんで、
酒の席はなくなったんだよ」

リビングの向こうから二人の会話が聞こえた。

続きはこちら↓↓

ハルは俺に密着し、DSに集中していた。

ジュン
「何まだいてんの?」
サリナ
「うん。 今さっき来たばかりだよ。」

ジュン
「うぜーな。 さっさと帰らせろよ。
俺疲れてるんだよ」

サリナ
「でも、 来たばかりだし。
ハルもせっかく喜んでるから」

ジュン
「チッ。 仕方ねーな。
あんまり遅くまで居座らせんなよ」

舌打ちしながらダルそうに話すジュン。

サリナ「うん」

小声だが会話はまる聞こえだよ。

俺は腰を上げる。

ハル
「パパどうしたの?」

「ハル。今日はもうパパ帰るな。」

ハル
「やだー。 いまきたばかりだよ。
だめだめだめだめー」

ハルが俺の服を引っ張った。

するとサリナとジュンがリビングに入ってきた。

ジュン
「あっ、俺さんお久しぶりです。
お元気そうですねw
良かったらこれから一杯どうですか?」
ジュンが作り笑いで俺を見る。


「いや、 俺はこれで。 明日仕事も早いんで。」

ハル
「パパかえらないで。 おねがい。かえらないで。」

必死に俺を引き止めるハル。

ジュン
「コラコラハル。 ワガママ言っちゃ駄目だろ?
俺さんは忙しいんだよ。 困らすな」

父親面するジュンに嫌悪感を抱きながら、


「ハルごめんな。
パパまた必ずハルに会いにくるから。」
笑顔でハルを諭した。

拗ねながらハルは諦めてソファーに座り込んだ。


「じゃ俺帰るわ。」

気まずそうな顔をするサリナに、
少し申し訳ない気持ちになりながらも玄関に向かった。

 

ジュン
「あれっ俺さん何か落としましたよ」

偶然廊下を歩いている時に、
ハルのプレゼントにと思っていたフィギュアが
ポケットから落ちた。

ジュンがそれを拾う。

ジュン
「仮面ライダー? なんかの景品?」


「あっそうそうw
たまたま当たったんでハルにどうかと思ってw」

ハル
「ぼくに? ありがとーパパー」
ハルが嬉しそうにフィギュアを手にとった。

ジュン
「当たった景品だぞ。 そんなのいっぱいあるだろ…」
捨てろと言う前にサリナが割って入ってきた。

サリナ
「さぁさぁ。ジュン君疲れてるでしょ。
先にシャワーしたら?」

サリナが申し訳ない顔をし俺を見た。
場違いな俺こそ申し訳なさすぎるよ。

リビングからジュンが、
「きったねーケーキ。 こんなの早くゴミ箱に捨てろ」
と聞こえた時は、
無償に自分がダサいやつなんだと自覚した。
惨めな気持ちになるが、
そんなことはどうでもよかった。

だってハルが、
ハル「ぼくずっとたいせつにするね」
って言ってくれたんだよ。
本当に嬉しかった。

 

佐々木先生に報告する約束だった。
帰り駅で待ち合わせしファミレスに入る。

佐々木先生
「すっごいムカつく。 何なんですか? その人。
無神経にも程があります。」

佐々木先生が怒って俺を見る。


「疲れてたみたいだし、
虫の居所も悪かったんすよ。きっと。
それに俺は別に彼と自分を比較しようなんて
思ってないんす。
たしかに俺はダサいかもしれないけど、
彼は彼。俺は俺なんだし。」

佐々木先生
「松井さんはカッコ悪くなんてないです。
ハルちゃんが園児の頃は松井さんは、
お母さん達や先生達からも人気ありました。」

拗ねる佐々木先生。
俺を慰めようとしてくれてるんだろうけど、
本当に俺は気にしてなかったんだ。

久しぶりにハルに会えた。
それだけで十分気持ちが満たされていたんだ。

また来週ハルに会いにいこう。
そう思うだけで俺の日常が変わって見えた。
子供の存在の大きさに気づかされる。
そして仕事もプライベートも充実するよう、
自分なりのペースで過ごした。

 

着信。
深夜0時。
サリナからだ。

こんな時間にどうしたんだろう。
眠りにつきかけていたから少し眠いが、
何かあったのかも?と電話に出た。


「もしもし」

「…」


「どうした? こんな時間に。」

ハル
「パパ… パパ…」
弱々しい声でハルが答えた。


「ハルか? どうした? 何かあったか?」

一瞬で目が覚めた。
嫌な予感がする。

ハル
「パパ… たすけて…シクシク
たすけて…シクシク」

ガシャーンッ

電話越しに何かが壊れる音がした。

続きはこちら↓↓

普通じゃない状況に焦る俺。

俺「ハル? どうした? 何かあったか?」

ハル
「パパ… パパ…シクシク」

ハルは明らかに混乱していた。
俺の問いに答えず、ただパパと連呼している。

俺は急いで服を着て家を飛び出した。
タクシーに乗り込みサリナのマンションへと急ぐ。

電話をずっと繋げていたけど途中で切れた。

いまいち状況がつかめないが、
不安が募る。
ハルは大丈夫か?
サリナは?
ただただ早く着いてくれと願う。

 

ようやくサリナの住むマンションに着くと、
俺は何度も呼び出しを押した。

ジュン
「はい」


「俺だ。 サリナとハルは?」

ジュン
「何時だと思ってるんです?
非常識ですよ。 二人はもう寝てます。
帰って下さい。」


ふざけんな。 ハルから電話があったんだ。
とりあえず会わせてくれ。」

途中で電源を切られた。

たまたまマンションから出てくる人がいた。
その隙にマンションに入り
急いで17Fへと向かう。

玄関の呼び出しを何度も押した。
ドアをこれでもかってくらい叩いた。

俺「サリナ? ハル?」

何度も名前を叫ぶ。
近所迷惑もいいとこだが、
俺の心境はそれどころじゃない。

ガチャッ

ジュン
「うるさいな。 いい加減にしろ。 警察呼ぶぞ。」
ジュンが玄関を開け、俺を睨みつけた。

俺はジュンを払いのけ中に入った。

ジュン
「おい。勝手に入るな。 不法侵入だぞ。」

ジュンが俺の肩を力強く掴む。
その手を振り払い中へと急ぐ。

俺「サリナ?」
サリナは台所でしゃがみこんでいた。


「どうした? 大丈夫か?」

サリナ
「俺くん… どうして…?」
下を向くサリナの肩を持つ。

ビクッと体を反応させ、
小刻みに震えるサリナ。
顔を上げたサリナの顔は、少し腫れてた。


「ハルがサリナの電話で電話してきた。
何があった? ハルは? ハルはどこだ」

サリナ「…」
顔を背けるサリナ。
俺はサリナを置いて子供部屋に入った。

ハル「シクシク…シクシク」

真っ暗な中、部屋の隅で
膝を抱えて丸くなっているハルを見つけた。


「ハル? ハル?」
俺はハルに歩み寄った。

ハル
「パパ… パパ… うえーん」

鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにして
俺に抱きついてきた。
顔や腕にひっかき傷が。
パニックになって自分で引っ掻いたんだ。
そして少し震えている。

何があったのかすぐに理解した。
リビングの荒れようとハルとサリナの姿を見て。
ジュンが暴れたんだろう。
ハルの怯え方は尋常じゃなかった。


「大丈夫か? もう安心していいぞ。 パパが来たから」
頭に血が昇るのが分かった。

ハル
「パパ…えぐっ ぼくね…えぐっ
ママまもるのがんばったよ…えぐっ」

ハルは俺との約束を守ったんだ。
やりきれない気持ちと怒りがこみ上げてくる。
俺はハルを抱きかかえサリナの元に戻った。


「サリナ。 大丈夫か?」

サリナは震えながら、ゆっくり頷く。
優しく俺からハルを受け取ると泣き出した。

サリナ
「ハルごめんね…恐かったね…
恐い想いさせてごめんね…」

ジュン
「おい、おまえ。
勝手に入ってきやがって。 ふざけんなよ。」

ジュンが片手にゴルフクラブを握り、
俺に近づき胸ぐらを掴んできた。

酒臭い。 大分酒が入ってるようだ。

俺はジュンの腕を掴み服から手を外した。

 

ジュン
「手に触るな。汚れるだろーが。 この貧乏人」
そう言って俺に殴りかかってきた。

上からゴルフクラブが落ちてくる。
俺はそれを受けて踏ん張った。

反射的に俺の手が出出てしまった。
そのまま拳を顔面に強く打ち付けた。
後退りし後ろに尻餅をつくジュン。
鈍い感触。

ジュン
「いってー。 てめーふざけんな。 訴えるぞ。」


「俺の息子に何しやがった。」

怒りが頂点になり
俺はジュンに馬乗りになった。

ジュン
「そのクソ女が悪いんだ。」
俺「黙れ」

俺はジュンを殴ろうとした。
でも熱が冷めてしまったように
握り締めていた拳を下げた。
意外に冷静だったんだと思う。

ハルにこんな姿見せちゃいけないと思った。
それにもう人を傷つけないって決めてたんだ。
暴力で何も解決しないことは、
十分に分かっていたから。

俺はスッと立ち上がって
サリナとハルのそばに行った。

続きはこちら↓↓

俺「行こう。」

サリナは泣きながら黙って頷く。
荷物をまとめて
ハルとサリナを俺の家に連れ帰った。

帰り際、ジュンが色々言っていたけど
殆ど聞いていない。

家に着くとハルは疲れてぐっすり眠っていた。
俺「落ち着くまで俺の家にいればいいよ。」

俺はサリナに救急箱を渡す。
サリナ
「ごめんね… 心配かけて…あのね…」


「二人とも無事でよかった。
ゆっくり休んで。
落ち着いたら話してくれればいいから。」

サリナ
「ごめん。 君に迷惑かけて…」


「何言ってんの? 全然迷惑なんかじゃないから。」

サリナ
「ハル男の子なんだね…
ジュン君お酒が入ると暴力的になるの…
ハルがね… わたしを庇ってくれたんだ…」


「うん… そっか… ちょっと出かけるから。
ゆっくり休めよ」

サリナ
「うん… 本当にありがと…」

そう言って俺は家を出た。

外は少し明るみ始めてる。
段々やり場のない気持ちが込み上げてくる。

涙が溢れ出す。

サリナやハルがこんな想いしたのは、
俺の責任だ。
俺が全て悪い。
俺がもっとしっかりしていれば、
サリナもハルも傷つかなくて済んだんだ。
俺が二人を手放さなければ。。。

後悔しても今更遅い。
分かってる。
それでも自分が嫌いで仕方い。

腹立たしい。
ジュンがじゃない。
俺自身にだ。

 

2人が俺の家に来て、二週間が過ぎた。

ハルはあの日は何もなかったかのように元気だ。
俺とサリナ、
三人でいるのが嬉しかったのかもしれない。

サリナもそれっきりあの話しを口にしないが、
いつものように元気に振る舞ってる。
俺もその話題には一切触れないようにしていた。

ジュンは何度か俺のいない合間に家に来ては、
サリナに寄りを戻したいと懇願してたらしい。

わずかな時間だけど、
また3人同じ屋根の下で時間を過ごした。
3人で買い物に行ったり、ご飯を作ったり。
散歩をする時はまるで家族のような感覚になれた。
俺はそれがなにより嬉しかった。

このまま三人でずっといれればいいなんて、
簡単に考えてしまう。
でもサリナは
そうじゃないって言うのは分かってる。

だから俺は、それももう終わりなんだと
毎晩自分に言い聞かせるようにしていた。

そしてその時はすぐにやってきた…。

ハルが寝静まった時間に、

サリナ
「俺くん。 ちょっといいかな?」


「うん。 どうした?」

サリナ
「今後のことなんだけど…」

やっぱりずっと3人でなんてありえないんだ。
ずっと考えてた。
俺はサリナのしたいようにすればいいと思ってる。
そのためのサポートはするつもりだ。

サリナ
「わたしね俺君にはすごく感謝してるの。
それに勝手ばっかりしてきたの本当に謝りたい。
ごめんなさい」

サリナは正座しながら深く頭を下げた。


「何畏まってんだよ。
俺がハルやサリナのために何かするのは当たり前だろ」

サリナ「わたし出て行くね。」

その目は真剣そのものだった。

俺「う、うん。 ジュンと寄り戻すのか?」

サリナ
「違うよ。 もう戻らない。 まだ好きだけど…」


「どうしたい? 何でも言ってくれていいよ」

サリナ
「ハルともう一度二人でやり直したいの…」

俺「…」

サリナ
「ハルにとって俺君は大事なパパだって分かってるよ。
でもね、
ハルともう一度頑張って生きて行こうって思ってるの…」


「…だめなのか………」

3人で生きていくじゃだめなのか?
って言いたかった。
でも言葉がうまく出ない。

サリナ「えっ?」


「いや、何もない。 そっかw うん。分かった」

俺は何納得してんだ。


「あっ、そうだ」

俺はタンスの引き出しから通帳を出して、
サリナに差し出した。

サリナ
「これは?」

俺「ずっと貯めてたんだ。
ハルのために家ん買おうと思ってたんだけどなw
でも、 どうやら俺には必要ないみたいだからw
ハルのために使ってやってほしい」

サリナは通帳に手を伸ばすと、そのまま俺に返した。

サリナ
「受けとれないよ…」


「いいから。 お金がなきゃ生活も出来ないだろ?」

サリナ
「優しくしないでよ…」

泣き出すサリナ。

続きはこちら↓↓

サリナ
「そんなに優しくしないで… 俺君に甘えちゃう…」


「いや、甘えていんだよ。 他人じゃないだろ?」

サリナ
「いやなの… 俺君の優しさに甘えるわたしがいや…
だから出ていくの…」

それ以上俺は何も言えなかった。
サリナが決めたことなんだ。
俺は陰ながら、サリナとハルを応援出来ればいい。
そう思ってた。

 

数日後、
サリナとハルが住むマンションが決まった。
サリナは介護職に復帰し、
いよいよ引っ越しとなった。

距離は一駅程だったので、
いつでも会いに行けると言うことで少し安心してる。

ハルは泣いてぐずってたけど、
好きな時に会えると言うことで我慢してもらった。
我慢ばかり可哀想なんだけどな。

ようやく引っ越しも終わり、サリナとハルとはお別れだ。

サリナ
「俺君本当にありがとう」


「うん。 全然いいよ。
また何かあればいつでも言って」

サリナ
「うん」

ハル
「パパー。 まいにちおでんわするねw」

ハルには携帯を持たせた。
俺にいつでも電話出来るようにだ。
きっと心配で俺ばっかり電話するんだろうけど。


「じゃあまたな」
ハル
「パパーまたあしたねー」

「明日は無理だよw お休みになったらなw」
ハル
「はいw」

俺「ハルのこと頼んだよ」
サリナ
「うん… 俺くん…?」

サリナが少し切ない表情を見せる。

俺「ん?」

サリナ
「ううん。 でもないw
あのね… 幸せなんて本当にあるのかな…?」

また切ない表情をするサリナ。

俺「ん?うん…」

サリナ
「頑張ってれば… 神様は幸せにしてくれるかな…?」

すごく心に響くものを感じた。
俺は何も答えることが出来ず二人と別れた。

サリナのその時の表情と言葉を
今も忘れることはない。

 

ハルとサリナが出て行き数日が経ち、
俺は相変わらずの生活を送っている。
何か物足りないモノを感じつつ。

佐々木先生
「最近全然連絡くれないですね。
どうしてるんですか?」

佐々木先生からの電話だ。

久しぶりに話しがしたいと言われ、
居酒屋で会うことになった。

佐々木先生
「俺さんって本当に放置するのが好きですね」
名前で俺のことを呼ぶ佐々木先生。
居酒屋に入って一時間。
すでに出来上がってるようだ。


「放置ってw 佐々木先生はまだ20代なんだし、
もっと若い男相手にしなよ。 勿体無い。」

俺はジョッキのビールを飲み干す。
今日は久しぶりの酒で俺も気分がいい。

佐々木先生
「もうすぐ29です。 俺さんとも歳変わらないでしょ。
子供扱いしないで下さい」


「佐々木先生はいい人いないんすか?
可愛いしモテるでしょ?」

佐々木先生
「ぜっんっぜっんいません。
むしろ出会ってもしょうもない男ばっかりw」


「佐々木先生飲みすぎだよ。そろそろ出ましょうか?」

佐々木先生
「いやです。 今日はもっと飲みたいんです。
付き合ってくださいねw」


「明日仕事でしょ? そろそろ帰りましょう」

佐々木先生
「じゃあ愛(佐々木先生の名前)って呼んで下さい。
呼んでくれたら大人しく帰りますw」

俺「……」

佐々木先生
「はいだめーw れませんw」

大分酔ってる。
明日は仕事も早いしもう切り上げたい所だ。

佐々木
「あのー… 何で元奥さんと寄り戻さなかったんです?」


「寄り戻すってw
あっちはまだ前の男が好きなんですよ。
寄り戻すとか、そう言う次元じゃないですよ。」

佐々木先生
「俺さんは元奥さんのこと好きじゃないんですか?」

お酒のせいで呂律が回っていない。

俺「俺は…」

そう言えば考えたことなかったな。
サリナのことが好きかどうか。
好きか嫌いかって聞かれたら好きなんだろうけど。
愛とか恋とかそんなんじゃない。
そう思ってた。


「愛とかはないですから。
多分家族や友人みたいな、
親近感はあるんだとは思う。」

本当にそうなのだろうか。
俺自身そんなことを深く考えたことがない。
うまく表現出来ないんだ。

佐々木先生
「本当に俺さんは鈍感ですよねw
さっき聞いた話しなら、
きっと元奥さんも俺さんに気がありますよw」

俺「サリナが?」
ふと考えてはみたが、ありえない。

佐々木先生
「女の勘ですwイヒッw」


「勘ってw 佐々木先生飲みすぎ。
そろそろ出ましょう。 俺家まで送ってくんで」

佐々木先生
「仕方ないなーもーwイヒッw」

ふらふらの佐々木先生。
家が近いと言うことなので
仕方なくおぶって送ることにした。

俺「しっかり佐々木先生。」
いつの間にか俺の背中で寝ている。
まあ住所は聞いてるし、
家に着くまで寝かせておくか。

 


「先生。 着きましたよ。 起きて下さい。」
背中の佐々木先生を揺すった。

佐々木先生
「もうちょっとだけ。 このままお願いします」


「起きてたんすか? いつから?」

佐々木先生
「途中からです。 少しうち寄って行きませんか?」

そう言って部屋に上がらせてもらった。

続きはこちら↓↓

久しぶりの女性の部屋。
何だか緊張する。

佐々木先生
「はい。ビールw」

冷蔵庫から缶ビールを取り出し俺に渡して、
ちょこんと俺の隣に座った。

俺は微妙に距離を離す。

佐々木先生
「どうして離れるんですか?」

「いや、あの…」
あたふたする俺。

佐々木先生
「俺さんって本当に鈍感ですね」

俺「近い」

佐々木先生が顔を近づけてきた。
まじまじと俺の顔を見つめる。


「あの、先生酔いすぎ」

佐々木先生
「もう酔ってません。
いい加減私の気持ちに
気づいてくれてもいいじゃないですか!」

佐々木先生が俺に覆い被さる。

俺「いや、あの…」
変な汗が出てくる。

佐々木先生
「好きなんです。。。
女性からこんなこと言わせないで下さいよ。。。」

いつからだ?
気付かなかった。
だってハルの先生だった人だぞ。

佐々木先生の唇が俺の唇に触れた。
柔らかい。。。

アルコールと女の甘い匂い。
心拍数が上がる。

俺は我慢できず佐々木先生を押し倒した。
興奮が高まり理性が吹き飛んだ。

 

どれぐらいぶりだろうか?
異性とここまで密着するのは。
ハルを一人で育て始めてからだから、
ずっとなかった。
俺も男なんだと今更ながらに思い出す。

このまま。
このまま身を委ねよう。
佐々木先生とならいい。
佐々木先生となら幸せになれるかもしれないな。。。

 

サリナ…

頭の中でサリナの顔が浮かぶ。
そうあの時の切ない表情だ。

俺はふと我に返る。
すぐに手を止め佐々木先生から離れた。

佐々木先生
「どうしたんですか?」


「すいません。 俺、、、 出来ません。
本当すいません。」

立ち上がり帰りますと言って、
佐々木先生宅を急いで飛び出した。

外はパラパラと雨が降り出していた。
俺はまだ心臓がバクバク言ってる。

何やってんだ俺は。。。 最低だ。
佐々木先生に失礼なことしてしまった。
それにサリナの顔が頭から離れない。

急に胸が締め付けられる。
俺は走って家に帰った。
ずぶ濡れになり、そのまま空の浴槽に入る。

その空間が好きだった。
まだ胸が締め付けられて苦しかった。
そしてとめどなく涙が溢れた。

俺「サリナ…」

俺はサリナが好きなんだ。
気付かないうちに、ま
たサリナに惹かれていたんだ。
ようやくそれに気づいた自分がそこにいた。

本当はずっと好きだったのかもしれない。
それをただ否定して
気付かないふりをしていただけなのかもしれない。

サリナの笑顔。
サリナの悲しい顔。
あの切ない顔も。

サリナで頭がいっぱいになった。
サリナのことを考えると胸が締め付けられる。
今ならこの気持ちは本物だと分かる。

これが愛なんだと理解した。
ハルに対してとはまた別の感情。
悲しくて嬉しくて愛おしい。
いろんな感情が入り混じる。

そしてハルの笑顔が頭に浮かぶ。

ハルにはいつも我慢ばかりさせてた。
辛い想いも。 寂しい想いも。
とても可哀想なことをしてきた。

聞き分けが良い分尚更。

子供は親を選べない。正にその通りだ。
子供がそんな気持ちになっていいわけがない。

親なら、精一杯の愛情を
子供に注いであげなきゃいけない。
一番近くで成長を手伝ってあげなきゃだめなんだ。

ハルには、
俺とサリナ。
両方必要なんだ。

親の都合で子供が犠牲になるなんて、
絶対にあってはいけない。

後悔と反省の念が何度もおしよせた。

ハルの笑顔。
サリナの笑顔。
俺が守ってやりたい。
心からそう思った。

 

俺は浴槽からでると、すぐに家を出た。

サリナに会いたい。 今すぐ。

その一心で、俺はサリナの家へと向かった。
逸る気持ちを抑えることが出来ない。

雨に濡れながら頭を冷やす。
着いた頃にはもう夜が明けていた。

サリナの部屋の前に立ち、呼び出しを押した。
妙に静かで、
自分の心臓の音だけがバクバクと聞こえる。

サリナ
「はーい。 俺くん?」
サリナが驚いた表情で俺を見た。

続きはこちら↓↓

俺「サリナ…」
サリナを見つめた。
俺の気持ちは固まってる。
強い決意でサリナに会いにきたんだ。

サリナ
「どうしたの? こんな朝早くに。
それにびしょびしょ。」

言わなきゃ。
ちゃんと言わなきゃ。

あの日公園で再会した日。
ハルを引き取りたいと言われた日。
ジュンの家から連れ出してサリナとハルが出ていった日。

何度も。
何度もチャンスはあったんだ。
ずっと。
ずっと言えなかった。

だからちゃんと伝えよう。
遅くてもいいんだ。
自分の気持ちを伝えよう。

俺「サリナ… 好きだ。 だから…
俺のそばにいてほしい…」

サリナ
「ど、どうしたの?急に。」
動揺してるのか少し瞳が潤んでる。


「ずっと思ってた。
ハルのために3人で暮らすべきだって。。
でも、 違うんだよ。
今はサリナとハルのために3人で暮らしたい。」

サリナは黙って頷いた。


「この間…
本当に幸せになれるのかな?
って聞いただろ?
神様が幸せにしてくれるかな?って」

サリナの瞳には大粒の涙が溜まっていた。


「あの時の答え。 今ならちゃんと言える。
俺が幸せにする。 サリナもハルも。

だから… だから… 俺のそばにいてくれ…
本当にもう後悔したくない…」

サリナの瞳から、涙がつーっと流れた。

俺はありのままの気持ちをサリナに伝えた。
答えがどうであろうと。

サリナは泣きながら口を抑え、
頷きながら俺の言葉を聞いていた。


「サリナとハルが笑顔になれるように、
精一杯努力する。」

俺も感情が高ぶりすぎて涙が出てくる。

サリナ
「甘えていいのかな… 本当に…」


山傷つけてきた。本当にごめん。
でもサリナとハルのためなら変われる。
だからやり直そ…」

サリナ
「……」
サリナは黙って、俺の胸に頭をうずめてきた。
俺は肩に手を添える。

今まで自分の気持ちを
言葉にするのが苦手だったんだ。
たがらこそ、俺の真剣さが
サリナに伝わったのかもしれない。

サリナ
「ありがとう…」

俺こそありがとうだ。。。

サリナ自身、
まだジュンへの気持ちは断ち切れてなかった。
それでも、もう一度家族になりたいと想う気持ちは
俺と同じだったんだ。

その夜、サリナがハルを連れて家にやってきた。

朝ハルは寝ていて、
サリナもまだハルに何も話していないと言っていた。

ハルは少し不安な表情だ。
急に俺の家に連れてこられたんだ。
無理もない。

ハル
「パパなにかあったの?」

「ハルパパの膝に座ってくれるかな?」

ハルが俺の膝にちょこんと座る。
ちょっと前まであんなに小さかったのにな。
本当に大きくなった。


「ハル? パパとママと一緒に住みたい?
ハルの気持ちパパに教えてくれるか?」

ハル
「はい。。。 でもぼくわがままいわないよ」


「今はワガママ言っていいんだよ。」

ハル
「あの…いっしょにすみたい…」
ハルの表情が少し曇る。

サリナ
「ハル。 パパとママと3人一緒に暮らそw」
サリナがハルに笑いかける。

ハルは俺とサリナの顔を行ったり来たり見る。

ハル「ほんとう…?」
ハルが澄んだ瞳で俺を見つめた。

俺「うん」
俺は笑顔で返事した。

ハル
「パパと… ママと…ぼく… いっしょ?」

サリナ
「そうだよw ずっと一緒w」

サリナがハルの手を取った。

ハル
「いっしょ…ウアーーン。
いっしょ…ヴエーン」
ハルが大声で泣き叫んだ。

すごく満たされた気持ちになる。
サリナも俺も自然と笑顔が零れる。

随分遠回りをした。
ようやく3人、
家族の絆が芽生えた瞬間だった。

 

3人で暮らし始め、
俺はサリナとハルのために一生懸命働いた。

休みの日は、
ずっと3人でできなかったことを
やろうって決めたんだ。
失った時間を取り戻すかのように、
色んなとこに思い出作りに行った。

釣りに行ったり、旅行に行ったり。
祭や花火大会。
サリナの希望でディズニーランドにも行った。
ハルは少し落ち着きなかったけど、
途中からはしゃいで本当に可愛かったな。

俺は指輪を買ってそれをハルに見せた。

続きはこちら↓↓


「パパな。
ママにプロポーズしようと思うんだw
ハルも応援してくれる?」

ハル「はいw」

記念公園に遊びに行った。
3人一緒だとはいえ、
俺とサリナはまだまだぎこちない感じだった。

サリナ
「天気いいねw すごく気持ちいいなw」

まわりには沢山家族連れがいて賑やかだ。

サリナ
「こう言うの夢だったんだw」

サリナの横顔を見つめる。

サリナ
「どうしたの?
恥ずかしいからそんなに見ないでw」

俺「あっ、わりい…」
こっちが照れてしまい言い出しにくい。

ハルが見かねて俺の右手を握り、
サリナの左手を握った。
そして2人の手を重ねる。

ハル「おててにぎって」

俺はサリナの手を握った。
サリナも握り返してきた。

ハル
「ママジュースかってもいいの?」

ハルはサリナからお金をもらうと、
少し離れた自販に走っていった。

ハルなりに気をきかしてくれてるんだろう。


「サリナ? もう一度結婚してくれないかな?」
俺はポケットから指輪を出した。

サリナ
「本当? …でも、もう少し時間がほしいかな。
必ず返事するから。
その時になったらこの指輪つけるねw」

その答えだけで十分だった。

初めて家族の温もりを知った。
家族一緒に笑って過ごすことの幸せを知った。
ずっと3人でこの幸せを分かち合えればいいな。
そう願った。

しかしその願いもむなしく、
とうとうその日はやってきた。

俺が31歳の誕生日を迎えた次の週。
それは突然訪れる。

ハル
「ママー。 あっちゃんちにあそびにいってくるねw」

夏が名残惜しい涼やかな朝。
秋の独特の香りが何だか寂しさを誘う。

サリナ
「うん。 じゃあママが送ってあげるからね。
支度するから少し待って」

ハル
「だいじょうぶ。 じてんしゃでいきたいのw」

この前買ってあげた自転車。
ハルはどこに行くのにも乗りたがる。

俺「あっちゃん家なら
すぐそこだし大丈夫だよな?ハル。
ハルももうお兄ちゃんだもんなw」

ハル「はいw」

サリナ
「本当に? じゃあハル。
絶対道路に飛び出しちゃ駄目よ。
ちゃんと夕方までには帰るのよ」

ハル「はいw」

サリナ
「俺君も仕事の時間でしょ。 遅れるよ」

俺「はいw」

誕生日にハルが俺にプレゼントしてくれた絵。
毎朝これを見るのが日課になってる。
俺とサリナとハルが手を繋いでる絵。

良く描けてるんだ。
俺は親バカだよ。
自慢の息子だ。

俺はハルと一緒に家を出た。


「ハル絶対に信号は止まること。
知らない人にも着いてっちゃ駄目だぞ」

俺はハルに念をおす。

ハル「はいw」
ハルがピンと垂直に手を上げた。


「えらいえらいw」
俺はハルの頭を撫でた。

ハル
「パパ。 きょうかえったら
リレーのれんしゅうしようねw」

今年の地域の運動会の親子リレーで、
俺と走るのをハルはすごく楽しみにしてるんだ。


「分かったよ。 約束な」

ハル
「うんやきそくな。 パパーバイバーイ」

誰に似たんだろうか?
最近少し生意気になった。
それでも可愛いから罪だ。

俺はハルと家の前で別れた。
ハルは笑顔で俺に手を振って自転車を漕ぎ始めた。

これが最後に見たハルの笑顔だった。

続きはこちら↓↓

仕事中ずっと胸騒ぎしてたんだ。

着信。
サリナからだ。

休憩にまたかけるか。
そう思いマナーに切り替えた。

すぐにまた着信。
いつの間にかサリナからの着信が10件。
しかも一分おきにだ。
俺はすぐかけ直す。

サリナ
「ハルが… ハルが…」
泣いて震えるサリナの声。

俺は頭が真っ白になった。

俺はその場に携帯を落とした。

心臓が今にも止まりそうな感覚。
急いで病院に向かう。
まわりの声も音も何も聞こえない。
ただ自分の心臓の音だけが激しく鼓動する。

 

病院に着くと、
サリナと両親が先に来ていた。
サリナが俺に気づくなり、
泣きながらしがみついてきた。

トラックにひかれて即死だった。
顔には擦り傷があったけど、
穏やかな表情だったのを覚えている。

俺はただ眠ってるだけなんだよな。
そう思って、何度もハルを揺さぶった。


「うそだよな? ハル。
起きろ。 なぁ…起きてくれ…
なぁ…帰ったらリレーの練習するって…
約束しただろ…」

ハルはそのまま目を覚ますことはなかった。

 

あの時からずっと気をつけてきたのにな。
だからずっとなかったんだよ。
道路に飛び出すことなんて。

ハルは脇道に自転車を止めて、
道路に投棄してあった
黒いゴミ袋を拾いに行ったそうだ。

それが犬か猫だかと勘違いしたのかもしれない。
ただのゴミだと分かってて
拾いに行ったのかもしれない。

それはもう誰にも分からないことだ。

サリナは自分が送らなかったから悪いんだと、
何度も俺に謝ってた。
安心しきっていた俺が一番いけなかったんだ。

俺は泣いた。
病院の廊下に座り込み
ずっと泣き叫んでたのを覚えてる。

一人で痛かっただろうな。
一人で苦しかっただろうな。
一人で寂しかっただろうな。

ハルごめんな。
本当にごめんな。

それからの俺は仕事も辞めて家に引きこもった。

サリナもずっと辛そうだったけど、
サリナを思いやることも出来ないくらい、
俺の心はからっぽで何もする気がおこらなかった。

俺はサリナに実家に帰るように言った。
最低だな。
でも独りになりたかったんだ。

サリナは週に一回は家にやってきた。
ただ掃除して洗濯をして
俺のご飯を準備して帰っていくだけ。

俺は家の壁に頭を打ちつけてボコボコにしたり。
何度もしにたいと思った。
生きてても意味がない。
ハルは俺の全てだった。
それがない今、
何のために生きてるのか分からなかった。

病院には何度か運ばれたけど、
しぬことは叶わなかった。

 

ハルが亡くなって1年と半年が経とうとしていた。
相変わらずサリナは俺の家に通っている。

サリナ
「ねぇ、今日は何か食べたいものある?」


「別に…」

サリナ
「また朝からお酒呑んでるの?」

俺「ほっといてくれ…」

サリナ
「ねぇ… 俺君いつまでそうしてるの?」


「ほっといてくれって言ってるだろ。
何でおまえは普通でいられるんだよ?
ハルは…」

こんなことサリナに言うなんてどうかしてる。
俺は言葉を止めた。

サリナ
「ハルはもういないんだよ…
わたしだって辛いんだよ…
でもこんなことしてて…
ハルが帰ってくるの…?
わたし俺君のこんな姿見てるの辛いの… 」
サリナが俺の背中に抱きつく。


「ほっといてくれ。 もうほっといてくれ…」

そんなこと分かってる。
それでもまだ、
ハルがいないことを受け入れられなかった。

時間が解決してくれる。
なんて慰めいったい誰が言ったんだろうな。
俺はあの日のままずっと時間が止まってる。

きっともう立ち直ることなんて出来ない。
そう思った。

 

それっきりサリナは俺の家に来なくなった。
愛想つかされて当然だ。

家の柱には、ハルの成長を記した線がある。
今はどれくらい成長したかな?

ボードにはハルが笑顔で映る写真。
ハルの大事にしていた、
バスや仮面ライダーのおもちゃ。
それに俺に描いてくれた絵。
ハルのランドセルに教材。

あの日のまま。
ハルがいつ戻ってきてもいいように、
そのままにしていた。

ハルとの思い出が沢山詰まったこの部屋だけが
俺の唯一の居場所なんだ。

 

ふと公園に行きたくなり、久しぶりに家を出た。
ハルと始めて過ごしたあの公園だ。

目を瞑るとあの日の思い出が蘇ってくる。
ハル「ぱっぱ」
初めてパパって言ってくれた。

ハルの声が聞こえるような気がした。

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楽しそうに走り回るハルの姿が、
うっすらと残像のように浮かび上がる。

ハルはきっと俺を恨んでるだろうな。

何で俺じゃなくハルなんだよ。
なんで。
これからもっと
楽しいことや嬉しいことがあったんだ。
ハルは誰よりも優しくて
誰よりも思いやりがあったんだ。
なのに何でハルが。。。

これからの成長を楽しみにしてた。
それをどうして奪うんだ。。。

俺はあの日と同じ、
公園の滑り台の下でうずくまって泣いた。

疲れた。 もう疲れた。

俺は行く宛もなくただただ街をさ迷い歩いた。

 

ゲームセンターの前を通りかかった時に、足を止めた。
派手な格好をした高校生くらいのヤンキー2人が、
中学生を叩いたりして脅してる。

まわりの人間は見て見ぬふりをしているようだった。


「おいお前ら何やってんの。
そんなダサいことしてんな」
俺はそれを見かねて口を挟んだ。

ヤA
「はぁテメー何?」
ヤB
「しゃしゃり出てくんなオッサンw」

ヤンキーが中学生に蹴りを入れた。
蹴られて座り込む中学生。


「いい加減にしろクソガキ」

俺はヤンキーを突き飛ばした。

ヤB
「おい、やんのかオッサン」
ヤA
「ぶっ殺すぞ」

ヤンキーの一人が得物を出して俺を威嚇する。


「恐くねーよ。 かかってこいクソガキ」

ヤA
「ヒーローのつもりかおっさんw」
ヤンキーが俺に近づいた。

その瞬間、腹部に強い衝撃が走る。

俺はその部分を見た。
服が赤く染まり始めた。
どうやらやられたたみたいだ。

恐怖心なんてものは微塵もなかった。
むしろやっと楽になれるんだ。
これでハルのところに行ける。
そう思った。

俺はその場に座り込む。
強い衝撃の後に吐き気がやってきた。
目眩もする。
だんだんと視界が暗くなっていくのが分かった。
気を失ったんだ。

 

次に目を覚ました時、
俺は病院のベッドで横になっていた。
俺の左手を誰かが握っているようだ。

俺「サ…サリナ…」

サリナは俺が目を覚ましたのに気づくなり、
泣きながら話しかけてきた。

サリナ
「心配したよ… バカ… むちゃしないでよ…」

そうだった。


「なんだ… しねなかったのか…」

全身の力が抜けていく。

サリナ
「何してんのよ… 本当にバカ…」


「……」

サリナ
「俺君… わたしを一人にしないでよ…
ねぇ… 勝手に置いてかないで…
俺君までいなくなったらわたし本当に無理だよ…
お願い… お願いします…」

サリナが泣きながら俺の手を両手で握った。

サリナがプロポーズした時に渡した、
指輪をしているのに気づく。


「指輪… 何で…?」

サリナ
「何でって… 俺君がもう一度結婚しよって
言ってくれたでしょ…
わたし… ずっとつけて待ってるんだよ…」

俺は自分のバカさ加減にようやく気づく。


「ごめん… 本当にごめん…」

涙が溢れ出た。


「サリナ… ハル…俺のこと許してくれるかな…
ハルは幸せだったかな…」

サリナ
「あたりまえでしょ…
ハルは優しい子だって、
一番俺君が知ってるじゃない…」

簡単にしねなかった。
ハルがまだこっちに来るなって
言ってくれてるのかもしれない。

俺に残されたもの。
それはサリナを大切にすることなんだ。

俺が入院したと聞いて、
沢山の人達がお見舞いに駆けつけてくれた。

建設会社の社長に佐々木先生、
ヒロシおじさんの家族まで。

俺は沢山の人に支えられて生きてるんだと気づいた。
そして沢山の人達のおかげで、
俺はまた自分を取り戻すことが出来た。

ハルの出逢いが俺を成長させてくれた。
ただ純粋に泣いたり笑ったり、怒ったりって、
それが出来ることがどれだけ幸せかを学んだ。

これから先、
何度も挫けたり辛い想いをすることがあるだろうけど。
ハルの笑顔を思い出して、自分に言い聞かせるんだ。

天国にいるハルに笑われないように。
恥ずかしい生き方は絶対しないって。

沢山ハルから学び経験させてもらった。
それを無駄にする生き方をしないように生きていきたい。

今も目を閉じると、あのハルの懐かしい温もりを感じる。
それは俺の中で、ハルがちゃんと存在してる証拠なんだ。

 

近況を少し。

今年6月サリナと再婚した。
勿論式も挙げた。
一軒家も購入したし、
庭にはブランコを着けるつもりだ。
サリナは短大に通ってる。
保育士になるために。

俺はと言うと、 相変わらずかな。
前にも書いたけど、
休みの日は障害者や親のいない子のために、
ボランティア活動に参加して支援したり。
施設なんかの増築とか修復とか無償でしたりして、
色々忙しくやってる。

俺自身もそうだけど、選択を間違えることがある。
本当に自分の道を選択するって言うのは
難しいと思ったよ。
それでもいいんだ。

何度も何度も間違って、
いつか正解に辿り着けばいい。
そう思ってる。

人は変われるんだ。
俺も変われたんだから。

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親、兄弟、子供に友人。 色々な人と
たくさんの出逢いのおかげなんだって今は思う。
何より息子に出逢えたこと。
一生の宝物。
今は本当に
産まれてきてくれてありがとうって言いたい。

これからはまわりを幸せに出来るように、
日々一歩一歩前進していきたいって思ってる。

誰かのために役にたてる人間になれたらいいなって、
いつも強く願ってる。
身近な人だけじゃなくて、
これから出逢う沢山の人達を笑顔に出来たらなって思う。

ハルを通じて一緒に生きた9年間。
本当に色々あった。

ここで書いた沢山の辛いこと以上に、
沢山楽しいこともあった。
それでも俺にとっての忘れられない大切な思い出は、
ハルと乗り越えてきた辛い思い出なんだって思ってる。

長くなったけど、これで最後のレス。
ずっと見てくれてた人本当に感謝です。

これ一応嫁も読んでくれてて、
温かいレスしてくれてる人も沢山いてて
すごく励みになりました。

最後まで付き合ってくれた方々本当にありがとう。

出典:http://www.tanoshikoto.com/archives/50199719.html
http://www.tanoshikoto.com/archives/50212047.html

 

悲しい結末でしたが、この話を読んで、人間が生きていくにあたって本当に大切なことを改めて思い起こせた気がします。

亡くなった息子さんはパパとママ、そして周りの方達すべてが幸せになることを望んでいるに違いありません。

大切なことを教えてくれたハル君に感謝です。

引用元:http://m-plus.club/archives/422