【過労死】電通で過労死した高橋まつりの「最期の15日間」まとめ

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本当に美人で、優秀で、性格まで良かった高橋まつり(24歳)が、過労死でこの世を去ってから早2年が経過しました。100時間以上の残業を抱えながら彼女が残してくれたSNSの叫びとは?

東大卒、元電通社員、超エリートだった高橋まつり

「仕事も人生も、とてもつらい。今までありがとう」これが高橋まつりが残した最後の言葉でした。

2015年12月25日、享年24歳。超がつくほどの美人で、卒業した大学は東大…絵に描いたような超エリートだった高橋まつりには、電通という会社さえ選ばなければ、前途洋々の楽しい人生がたくさん待っていたはずでした。

高校時代は東京大学に入る為に勉強ばかりで遊ぶ時間はあったのか?↑の画像の彼女の姿を見ると、左手につけたピンクゴールドの時計がとても女の子らしくて…グルメ、ファッション、ショッピング…

「きっと色んなことに興味があったんじゃないかな?」、「やりたかったことのどれくらいを経験できたのかな?」などと想像してしまいます。

高橋まつりが課せられていたのは100時間越えの残業

そんな高橋まつりの残業時間は過労死ラインを超える100時間を越えていました。

皆さんはこの残業時間を聞いて最初にどう思いますか?…私はかつてシステムエンジニアをしていたことがあります。

上司の残業時間は毎月当たり前のように100時間を越え、彼の口癖は「白目が黒くならない内はまだ大丈夫」。

私は毎日自分の隣で100時間を超える残業をしていた人を目の当たりにしていたからこそ、あれを強制する人間の気持ちが全く理解できません

私の上司は強制されてそうしていたわけではありませんでした。彼の場合はそれだけ仕事が好きだったんだと思います。

ある時は会社に寝袋を持ち込み、「朝出勤したら起こしてね」私にそう指示したこともあります。しかし私の上司は決して私に残業を強要することはありませんでした

当時、高橋まつりとほとんど同じ年齢だった私の月の残業時間は約60時間

100時間と比べるとたった40時間しか違わないと思うかもしれませんが、これが生と死を分ける大事なラインなのです。

高橋まつりは上司からの指示での残業だった

同じ残業でも会社の雰囲気が良ければ話は少し違って来ます。

無理しようとしている社員に「お前は早く帰れ」と声を掛ける上司、部下の様子を見て、仕事量を調整してくれる管理職

「会社はそんな甘い世界じゃない」というかもしれませんが、そういう優しい上司は存在するのです。

同じ残業でも、職場の関係が良くて、ある程度言いたいことを言えたり、仕事量は多いけれど、お互い褒め合って、励まし合って、頑張れる…そういう雰囲気の残業60時間と、

高橋まつりがされていたような、何をしても文句を言われ、けなされ、服装も、目の充血にまでいちゃもんを付けられる現場では、60時間という残業時間はまるで地獄だったに違いありません。

大学を卒業したばかりの新入社員や、まだ大学を卒業していない就活中の学生にはこの電通の鬼十則を読めば「やっぱりすげー会社だな」「こういう働き方をするから電通様なんだ」と思わせる部分があるのでしょう…。

社会は元々不平等なのです。

楽して稼ぐ人もいるし、苦労しても報われない人がいる。働く才能と勉強ができる才能には違いがあって、生まれ持って世の中を上手にすり抜けて行ける人が存在します。

真面目で性格がいい人程、本気で電通の鬼十則みたいなものを信じてしまうのかもしれませんね。この電通の鬼十則には大事なところが欠けています。

それは「体を大切にすること、心を病まない努力をすること」ではないでしょうか?

最後の15日間がSNSの書き込みにより判明↓