政府の新型コロナ分科会が9月3日、ワクチンパスポートに似た「ワクチン・検査パッケージ」などをはじめとする、今後の感染対策のあり方のたたき台を示した。そのうえで「国民的な議論を求めたい」と呼びかけている。
ワクチン接種率がどこまで上がれば、感染拡大はどれくらい抑えることができるのか、一人ひとりの行動制限はどの程度緩和できるのか。
議論の前提となるシナリオ分析をまとめた、京都大学准教授の古瀬祐気さんに話を聞いた。
ワクチン接種だけでは2019年以前の生活を取り戻すことは難しく、ワクチンの接種率次第では今後も強い感染対策が必要となる未来が見えてきた。
分析では3つのシナリオを用意
古瀬さんは希望者へのワクチン接種が完了した状態で何が起きるのか、様々な仮定に基づき検討した。
シナリオ分析で、何がわかったのか。
「今回の分析では、ワクチン接種率が非常に重要であるということ、ワクチンを接種する人が多ければ多いほど良いということが改めてわかりました」
「かなり接種率が高くなったとしても、社会はコロナ以前に戻れないかもしれません。ですが、ワクチン接種率が高ければ高いほど、一人ひとりの制限を緩和できる方向へと向かうことは間違いありません」
検討したのは、希望者へのワクチン接種が完了してから150日間の累計死亡者数だ。
今回の分析では、比較対象にインフルエンザによる超過死亡者数(年間1万人)を設定したという。
1)新型コロナウイルスの基本再生産数(1人の感染者が免疫を持たず、対策をしていない集団に加わった場合に直接感染させる人数)
2)ワクチン未接種の場合の病原性(どれだけ感染し、重症化や死亡するかどうか)
3)ワクチンの効果
などに複数のパターンを仮定した上で、ワクチン接種率がどの程度になれば、どれくらい接触機会を減らす必要があるのかを推定した。
シナリオは、次の3つ。国際医療福祉大学教授の和田耕治さんによるワクチン接種意向に関する調査結果をもとに設定した。
「最低目指したいシナリオ」では「ワクチンを接種したい」と答えた人の割合が、「ありえるシナリオ」では「ワクチンを接種したい」と答えた人と「まだ様子を見たい」と答えた人の半数が、「目標となるシナリオ」では「ワクチンを接種したい」と答えた人と「まだ様子を見たい」と答えた人全員が接種することを想定している。
最低目指したいシナリオ:60代以上の80%以上、40-50代の60%以上、20-30代の45%がワクチンを接種した状況
ありえるシナリオ:60代以上の85%、40-50代の70%、20-30代の60%がワクチンを接種した状況
目標となるシナリオ:60代以上の90%、40-50代の80%、20-30代の75%がワクチンを接種した状況
※12歳〜19歳の接種率に関しては予測が難しいものの、全シナリオで20-30代と同程度であると設定
2019年以前の生活を取り戻すことは難しい…?↓
2019年以前の生活を取り戻すことは難しい
デルタ株の基本再生産数は5〜9の間であると推定されている。従来型の株(基本再生産数は2.5〜3)よりも感染力がずっと強いということだ。
仮に基本再生産数が5で、ワクチンの効果が「効果的」であった場合の分析は、以下のとおりだ。
ワクチンの効果を「効果的」とする想定では、デルタ株に対して効果が若干低下したとして、感染予防効果が70%、入院・重症化・死亡の予防効果が90%であると仮定。従来株に対してであれば、より高い効果が想定される。
・「目標となるシナリオ」でも、2019年以前の生活様式に戻れば、インフルエンザを大幅に上回る規模の死者(10万人以上)が出る恐れが大きい。
・ただし、緊急事態宣言が発出されていない中での2020〜2021年の生活様式(接触機会の4割低減)を維持できれば10万人を超えるような死者や病床が逼迫するほどの医療負荷は発生せず、いわゆる「ウィズ・コロナ」のような社会を達成できる可能性がある。
・「最低目指したいシナリオ」「ありえるシナリオ」程度の接種率の場合には、接触機会を50〜60%減らすことで、インフルエンザ相当の死者数(年間1万人)となる。
しかし、ウイルスの基本再生産数が5、ワクチンの効果が「効果的」であるとする前提は、現状のデータを踏まえると「最も現実的なデータ」と古瀬さんは言う。
その上で、状況が今後、ポジティブな方向に変化する可能性もあるという。
「今回設定した『目標となるシナリオ』よりも高いワクチン接種率を達成できる可能性は、あると思っています。現在、接種についてどうするか決めていない人も、今後の見通しを見た上で接種を決めるかもしれません」
「また、今回のシナリオ分析では抗体カクテル療法による重症化予防について考慮されていません。重症化を7割減らせるというデータもあるため、抗体カクテル療法が広く行き渡れば、状況が改善する可能性があります」
「あわせて、ブースター接種(3回目の接種)の影響も考慮する必要があるでしょう。抗体価は、接種から時間が経つことで低下します。しかし、ブースター接種で当初の水準もしくはそれ以上に戻る可能性もあります」
今年の年末、そして2022年はどうなる?
2021年の年末はどんな暮らしになるのか。
もし「目標となるシナリオ」の水準までワクチン接種率が高くなれば、2020年夏や2021年の年末年始の頃の暮らしを取り戻すことも可能だ、と古瀬さんは説明する。
「昨年の夏や今年の年末年始のような、一部の制限はあるけれども店は開いているという状況でも、ワクチン接種による影響で、急激な感染拡大が起きる確率を下げることはできるかもしれません」
「ただし、緊急事態宣言など強い対策がない状態で接触機会の40%低減が可能かどうかということに、注意が必要です」
「20年夏はマスクを着用し、三密を回避し、多くの人がテレワークを続ける状況で接触機会の40%減を達成していました。21年の年末、22年、そしてその先も、強い措置なしで40%減を続けることができるのかと言われれば、厳しいものがあるのではないでしょうか」
「最低目指したいシナリオ」「ありえるシナリオ」程度の水準でワクチン接種率が止まった場合には、50〜60%程度の接触機会削減が必要となる。
2020年夏よりも強い制約がある暮らし、ということだ。古瀬さんは「現実的には、常に50〜60%の接触機会の低減を続けることは難しいのではないか」とみる。
そのため感染状況が落ち着いている状況では40%程度の接触機会を減らし、感染状況が悪化した場合には強い対策で70%程度接触機会を減らす、「ハンマー&ダンスの生活が続く可能性がある」としている。
もし今後、デルタ株よりも感染力が高い、例えば基本再生産数が7.5の変異株が出現した場合には、あらゆる世代の9割がワクチンを接種したとしても、緊急事態宣言などの強い対策が必要となる可能性もある。
「基本再生産数7.5のウイルスが生まれる可能性が高いとは思いませんが、油断はできません。ウイルスの変異やワクチンの効果については、引き続きモニタリングしていく必要があります」
どんな社会に?ボールは市民の側へ
今回のシナリオ分析とは別に、古瀬さんは「今年の冬に、かなり大きな感染拡大の波が来る可能性がある」と指摘する。
「医療提供体制はまだまだ拡充される予定です。ワクチン接種率は今後も上がっていく。その中で、どれだけ医療が逼迫するのかはわかりません。ただし、感染拡大の規模としては、第5波を超える可能性も、念頭に置いておいたほうが良いと思います」
私たちは今後もしばらくは新型コロナと付き合っていかなければいけないという現実を突きつけられている。
政府分科会はワクチン接種済みであることや検査結果などを使い、他の人に感染させるリスクが低いことを示す仕組み「ワクチン・検査パッケージ」などを感染リスクの高い場面などで活用していくことを提言している。
どのような方法で社会経済活動を再開していくのか。どのような生活を送りたいのか。「皆で議論を」と、ボールは市民の側に投げ込まれた。
「今回のシナリオ分析をもとに、私が言っていることを信じろとお伝えしたいわけではありません。私の解釈を鵜呑みにするのではなく、『このポイントについてはこう思う』『これは違うと思う』といった形で、どのような日常生活を送りたいのかを一人ひとりに考えてほしい。『死亡者は年間1万人程度を目指すべきなのか』『10万人でも受け入れられるのか』『これからも続くハンマー&ダンスに、経済は耐えられるのか』『ワクチン接種率を上げるために、個人や社会に何ができるのか』。そのための参考データを私は提示しました」
「分析の前提やモデルについて、正しくないところがあるのも事実です。現実社会で手に入るデータには限界があり、モデルを完全なものにすることはできません。様々なご批判は受け止めます。その代わり、皆さんにも一度このデータを100歩譲って受け止めてほしい。データから見える現実を受け止めた上で、あなたはどんな未来を想像しますか?どんな生活を送りたいですか?と聞きたいです」
引用元:https://www.buzzfeed.com/jp/yutochiba/covid-19-vaccine-scenario