栃木県は、日光市鬼怒川温泉大原の「ホテルきぬ」で食事をした23~65歳の男女25人が下痢や発熱などの食中毒症状を訴え、うち6人と従業員1人からノロウイルスが検出されたと発表した。重症者はいない。県はホテルの食事が原因と断定し、調理場を当面営業禁止とした。
県によると、発症したのは9日に宿泊した東京都のほか宮城、埼玉、千葉、神奈川各県とシンガポールからのグループ客。刺し身や漬物などを食べた。
【千葉 私立中学でノロウイルス集団感染】
千葉市は7日、中央区の市立小学校でノロウイルスによる感染性胃腸炎の集団発生があったと発表した。児童31人、教諭1人が発症したが重症者はおらず、全員快方に向かっているという。
市健康企画課によると、11月29日に児童15人が嘔吐(おうと)や下痢などの症状を訴えたと市保健所に連絡があった。発症は7日までに32人に増え、便検査で3人からノロウイルスが検出されたため、市保健所はノロウイルスによる集団感染と断定した。発症した児童が校舎内で吐いて他の児童の手に触れる、ウイルスを含むほこりが舞い上がって鼻や口に入る、といった状況で感染が広がったとみられる。
市は「感染の範囲は校内にとどまる」として、学校名を公表していない。
【医師がノロウイルスの検査を勧めない理由】
昨日、胃の調子がおかしいと思っていたら、今朝から下痢と腹痛。熱もでてきたようだ。そういえばニュースで「ノロウイルスによる胃腸炎が流行している」という記事を見た。たしかノロウイルスは家庭や職場で簡単に感染すると書いてあったような……。それはまずい。会社を早退してかかりつけ医を受診しよう。検査をしてもらって、ノロウイルスが確定なら、一番いい薬を処方してもらわないと……。
もしもあなたがこのような「ひとりごと」をつぶやいたとしましょう。「健康のことで困ったことがあればか…
昨日、胃の調子がおかしいと思っていたら、今朝から下痢と腹痛。熱もでてきたようだ。そういえばニュースで「ノロウイルスによる胃腸炎が流行している」という記事を見た。たしかノロウイルスは家庭や職場で簡単に感染すると書いてあったような……。それはまずい。会社を早退してかかりつけ医を受診しよう。検査をしてもらって、ノロウイルスが確定なら、一番いい薬を処方してもらわないと……。
もしもあなたがこのような「ひとりごと」をつぶやいたとしましょう。「健康のことで困ったことがあればかかりつけ医に相談を」というのは私が普段から言い続けているセリフです。しかし、ノロウイルス感染を疑ったこの「ひとりごと」にはニつの「誤解」が含まれています。
冬の感染性胃腸炎の主役、ノロウイルス
嘔気(おうき=吐き気)、下痢、腹痛、発熱、こういった症状が冬に出現すれば感染性胃腸炎、とりわけノロウイルス感染症を疑うことは正解です。小児ではロタウイルス感染も目立ちますが、成人の場合はノロウイルスが最多です。もちろん、サルモネラやカンピロバクター、大腸菌などの細菌性の消化器感染もありますが、夏に比べると細菌感染の頻度は大きく減少します。日本の冬の感染性胃腸炎の大半はノロウイルスを中心としたウイルス感染なのです。
ノロウイルスによる小児の入院が増えている。高齢者の施設でノロウイルスが集団発生し、死亡者も出ている……。毎年このような報道を見聞きします。そして、ノロウイルスの感染力はすさまじく、アルコールもせっけんも役に立たない「恐怖の感染症」というイメージもあるようです。ならば、嘔気や下痢が出現すれば、まずノロウイルスかどうかの診断をしてもらい最適の治療を受けなければ、と考えるのは当然です。
けれども、医療機関で検査を受けて診断をつけるという考えは必ずしも正しくありません。これが一つ目の「誤解」です。
便利な検査だが医師はさほど勧めない理由
ノロウイルスの迅速診断キットはわずか15分程度で結果が出ます。そのため、一般の人には便利な検査という印象があり、そのために「ノロウイルス感染を疑えば医療機関を受診して検査を受けたい」と考えたくなるのでしょう。ですが、我々医師は、多くの症例においてこの検査をそれほど勧めていません。
まずこの検査が保険適用になるのは、3歳未満か65歳以上、または悪性腫瘍など特別な疾患を有している場合に限られます。つまり健康な成人に対しては保険診療では検査できないのです。ときどき、「自費診療でもいいから検査を受けたい」という人がいますが、これは勧められません。診察代と薬代(後述するように対症療法の薬しかありませんが)は保険で、検査は自費でというのは「混合診療」となり、認められていないからです。
では「3歳未満か65歳以上、あるいは悪性腫瘍などがある場合」は検査すべきなのかと問われれば、私自身はそういったケースでも重症性がなければ検査はほとんどおこないません。その理由は二つあります。
感度の低いノロウイルス検査の限界
一つは迅速検査というのは「感度」がそれほど高くないためです。「感度」とは、実際の感染者のなかで検査陽性となる人の割合のことです。ノロウイルスの迅速検査の感度は50~70%程度と言われています。最大の70%で考えたとしても、感染者が10人受診し検査をしたとすれば7人が陽性、残りの3人は陰性(このように感染しているのに陰性となることを「偽陰性」と呼びます)という結果がでます。
問題は症状などからノロウイルスを疑っているのに検査で陰性と出た場合です。偽陰性の可能性があると考えたとき医師はどうするか。重症度にもよりますが、3歳未満(65歳以上)で点滴が必要な場合は入院してもらい、家族には「検査では出ませんでしたがノロウイルスの可能性があります」と説明します(こういうケースでは入院後に再度ノロウイルスの検査をすることもあります)。一方、3歳未満(65歳以上)でも特に持病も持っておらず、比較的元気で水分摂取が可能な場合は検査で陽性と出たとしても必ずしも入院にはなりません。ならば「初めから検査をする意味があるの?」という疑問が出てきます。
ノロウイルスが原因と確定しても…
二つ目の検査を勧めない理由は、「ノロウイルスには特効薬がなく、整腸剤と胃薬、解熱剤くらいしか使える薬がない」ということです。検査をして陽性と出ても、対症療法と水分摂取困難時の点滴くらいしかできることがないのです。陰性と出ても実際には感染していることがありますし、またたとえ実際にはノロウイルスが原因でなかったとしても、水分摂取が困難であれば点滴加療が必要になります。つまり、検査の結果が陽性でも陰性でも、「重症であれば点滴、さらに入院を検討」という治療方針に変わりはないのです。
話を健康な成人に戻します。健康な成人が嘔気や下痢からノロウイルスを疑い医療機関を受診したとき、先述した理由で検査は(少なくとも私は)おこないません。「検査は不要ですが、たしかにその症状からノロウイルスに感染している可能性が高いと思われます」という説明をし、患者さんの期待を“裏切ります”。すると「では最適の治療をお願いします」というのが患者さんの次のセリフですが、私は「残念ながら特効薬はありません」とまたもや期待を“裏切ります”。ノロウイルスに効く薬を求める。これが二つ目の「誤解」です。
検査は不要で治療も特にすべきことがない。では、冒頭の「ひとりごと」のようなケースで医療機関を受診する意味があるのでしょうか。答えは「ありません」。「いい検査がある」と「いい治療がある」というのはいずれも「誤解」であり、一番いいのは「医療機関を受診せず自宅で水分を取って便を出すこと」なのです。
ノロウイルスが疑われた場合、健康な成人で水分摂取が可能なら、私は「いろんな種類のペットボトル飲料を大量に買い込んでトイレにこもってください。しっかり水分を取ってしっかり便を出す。それが治療です」と言って一切の処方をおこなわないことがあります(注1)。薬を出すとしても整腸剤と胃薬くらいです。解熱剤は胃腸に負担がかかる場合がありますし、そもそも健康な成人が一時的に発熱したくらいでは大事に至りませんから、使う必要はありません。「薬や検査は最小限にすべし」は私がいつも言っている言葉です。
ノロウイルスが疑われた場合、健康な成人で水分摂取が可能なら、私は「いろんな種類のペットボトル飲料を大量に買い込んでトイレにこもってください。しっかり水分を取ってしっかり便を出す。それが治療です」と言って一切の処方をおこなわないことがあります(注1)。薬を出すとしても整腸剤と胃薬くらいです。解熱剤は胃腸に負担がかかる場合がありますし、そもそも健康な成人が一時的に発熱したくらいでは大事に至りませんから、使う必要はありません。「薬や検査は最小限にすべし」は私がいつも言っている言葉です。
入院が必要な重症例の対処法
前回はノロウイルスにまつわる「誤解」二つを説明しました。ノロウイルス検査の「感度」の話、そして特効薬がない話です。今回は三つ目の「誤解」について話したいのですが、その前に一つ目の「誤解」、検査の話の補足をしておきます。
私は前回、「ノロウイルスを疑って医療機関を受診した場合、検査結果に関わらず治療方針は変わらない」という理由から検査を勧めないと書きました。ただし入院後は別です。ノロウイルスが原因か否かは別にして、入院せざるを得ないケースは「重症」と考えます。このようなケースでは、病原体が何かを確定する必要があります。ノロウイルスだと思っていたが実は細菌感染だった、見込み違いで抗菌薬投与のタイミングが遅れた、ということを避けたいからです。私なら、ノロウイルスを疑い入院してもらって検査が陰性だったら、繰り返し検査をおこないます。同時に他のウイルスの検査や細菌培養検査などもおこない、病原体の確定を急ぎます(注2)。
対策の第一歩は「食べ物に気を付ける」
特別な治療法のないノロウイルス感染にはひたすら水分を取って便を出すのが基本ですが、実際に感染したときのしんどさ、つらさは強烈です。実は私自身も小児科で研修を受けていた頃、ノロウイルスに感染し歩くこともできないほどつらくなり、見かねた上司に自宅待機を命じられた苦い経験があります。この感染症はなんとしても避けたいものです。
しかしノロウイルスにはワクチンがなく、予防としてはうがい・手洗いに努めるしかありませんが、アルコールもせっけんも効果がないと言われることがあります。ではどうすればいいのでしょうか。
まずは食べ物に気を付けることです。ここで私が医学部の学生時代の体験を紹介したいと思います。
医学部では5年生になると臨床実習が始まります。同時に教科書の勉強もしなければなりませんから、夕方までは病院での実習、その後は机に向かっての勉強となります。大学にはグループ学習室という部屋があり、学生は仲の良いグループで集まって一緒に勉強します。ある日、誰よりも勉強熱心なWさんが連絡もなくグループ学習を欠席しました。翌日分かったのは「前日に研修医と学生計5人で食事に行った。生ガキを食べたところ、その翌日全員が下痢・嘔吐(おうと)。つらいのを我慢して実習に来た学生は指導医から直ちに帰宅させられ、研修医はこっぴどく叱られた」ということでした。その指導医は「医者が生ガキを食べるなど言語道断だ!! しかも学生を犠牲にして!」と研修医に激怒したそうです。
Wさんからこの話を聞いてから、私は生ガキを一切食べていません。すべての医師、とまでは言えないかもしれませんが、ノロウイルスは高率にカキに生息していること、そしてその感染力の強さを知っていれば、仕事を休まねばならないリスクを背負ってまで生ガキに手をつける医療者はそういないはずです。また、生ガキは食べなければそれでOKというわけではありません。調理した場合、包丁やまな板もよく洗わなければなりません。
せっけん、アルコールは効かない…は本当か?
ノロウイルスは食中毒の原因となる病原体ですが、実際の感染経路は「食べ物→ヒト」以上に、ヒト→ヒト、あるいはヒト→モノ→ヒトへの感染の方が多いと思われます(注3)。「モノ」に相当するのは、トイレのドアノブ、トイレットペーパー、水道の蛇口の栓などが代表ですが、これら以外にも、職場であれば共用のパソコンのキーボードやマウス、(トイレ以外の)ドアノブ、共用のポット、掃除用具などいくらでも感染源があります。これらとの接触を完全に避けるのは無理ですから、うがい・手洗い、特に「手洗い」が重要になります。
ところが前述のように、ノロウイルスについてはアルコールもせっけんも効果がないと言われることがあります。医療者でもそのように考えている人がいます。しかし、実際には効果がまったくないわけではありません。これが三つ目の「誤解」です。
ノロウイルスはエンベロープ(詳しくは過去のコラム「手洗いの“常識”ウソ・ホント」参照)を持たないウイルスなので、確かにせっけんとの親和性はよくありません。しかし、アブラ汚れに付着したノロウイルスは、せっけんを使うことでアブラと一緒に落とすことが期待できます。せっけんの効果は、インフルエンザなどエンベロープを持つウイルスに対するものと比べると劣りますが、ノロウイルス対策にも使うべきです。
アルコールはどうでしょうか。たしかにノロウイルスはアルコールでは死滅しにくく、嘔吐物の処理などには次亜塩素酸ナトリウムを用いましょうと言われています。しかし次亜塩素酸ナトリウムは刺激が強すぎて、皮膚(手)には使えません。また、いつもせっけんを用いた時間のかかる手洗いをおこなうのは難しいケースもあるでしょう。実はアルコールによる手指の消毒は、まったく無効と言い切れるわけではないことが分かってきています(注4)。
実際、私は自分の手に対するアルコール消毒を日々おこなっています。ノロウイルスを強く疑う患者さんの唾液や嘔吐物に直接手が触れたときは時間をかけて手洗いをおこないますが、そうではないときにはアルコールを用いた手指の簡易消毒で対処しています(注5)。
ただし、大量のウイルスを含む嘔吐物や便などを処理する場合は、アルコールでは効果が低く、次亜塩素酸ナトリウムを使う方が有効です。しかし、次亜塩素酸ナトリウムは木材などの有機物に接触すると抗ウイルス力が減弱してしまう弱点もあるので注意が必要です。
三つの「誤解」の総まとめ
最後に三つの「誤解」をまとめておきましょう。
1)「検査で診断がつく」という誤解。医療機関で実施している「迅速検査」の信頼性は高くない(感度が低い)。検査の結果に関わらず重症なら入院が考慮される。
2)「いい薬がある」という誤解。ノロウイルスには特効薬もワクチンもない。日ごろ健康な成人の場合、最善の治療は「水分を取って便を出すこと」であり、水分摂取が可能なら医療機関受診は不要。
3)「手指へのせっけん・アルコール使用は無効」という誤解。実際にはまったく無効ではない。手洗いにはせっけんを用いるべきで、アルコールも補助的な使用は考慮されるべきである。
× × ×
注1:水分については「スポーツ飲料がいいんですよね」という質問を多く受けます。たしかに適度に電解質を含んだスポーツ飲料はこのケースに適していますが、同じものばかりを飲み続けると飽きてきます。またスポーツ飲料はものによっては糖分が多く、日ごろ高血糖の人は飲み過ぎてはいけないこともあります。健康な人ならば、飲みたいものを飲めばよく、複数種のペットボトル飲料を用意するのがお勧めです。
注2:重症例以外でノロウイルスの検査が必要な場合として、公衆衛生学的な検査があります。特定のグループでノロウイルス感染が発生した場合、例えば高齢者施設で集団感染が起きたケースなどでは、施設の院内感染対策を調査しなければなりませんし、ホテルやレストランでの集団感染例には保健所が介入します。このような場合におこなう検査は、前回紹介した迅速検査ではなく、より感度の高いPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法などの検査です。
注3:ノロウイルスの強い感染力を示す事例が豪華客船での集団感染です。2016年2月、オーストラリア・シドニー港に停泊中の大型客船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客158人と乗組員数人が、航海中にノロウイルスによる感染性胃腸炎を発症していたことが現地のマスコミに報道されました。
注4:アルコールはマウスノロウイルスには有効、ネコカリシウイルスに対しては「効果にばらつきがある」との報告があります。ヒトに感染するノロウイルスはマウスノロウイルスに近いことから、アルコールはヒトのノロウイルスにもある程度は有効とする意見があります。
注5:アルコールを使うならイソプロピルアルコールよりエタノールの方が有効です。また、最近はノロウイルスにも一定の効果が期待できる新しいタイプの手に使える消毒液も発売されています。
引用元:http://www.sankei.com/affairs/news/171217/afr1712170014-n1.html、http://www.asahi.com/articles/ASKD83DQKKD8UBQU00H.html、