神奈川の名門男子校で毎日続く珍風景の意味 栄光学園は半裸のラジオ体操で生徒を育てる
名門進学校で実施されている、一見すると大学受験勉強にはまったく関係なさそうな授業を実況中継する本連載。第11回は神奈川県の名門男子校「栄光学園」を追う。
■全生徒が一斉にグランドに集合
2時間目終了のベルが鳴ると、なめらかな音楽が学校中に流れる。しかしその音楽のなめらかさとは裏腹に、校舎の中から上半身裸の生徒たちがぞろぞろとグラウンドに出てくる。ちょっと異様だ。
教員たちもぞろぞろ出てくる。教員たちも上着を脱ぎ始めた。そのまま朝礼台のようなところで腕立て伏せを始める教員もいる。なんだ、なんだ?
晴天の下、全校生徒約1000人がグラウンドに集まった。全校生徒の前には上半身裸の2人の教員。マイクを握る。
「整列!」
生徒たちに指示を出す。生徒たちは学年ごとに整列する。
「体操隊形に広がれ!」
生徒たちが広大な芝(?)のグラウンドいっぱいに広がった。まわりに高い建物はなく、緑に囲まれている。すがすがしい。そこだけを見れば林間学校の朝の体操かと見まがう光景だ。
大音量で放送されるラジオ体操第2に合わせて全員で体操する。壇上の2人の教員が手本を示すだけでなく、生徒たちを取り囲むように、10名ほどの教員たちもグラウンドでいっしょに体操する。
4分弱の体操が終わると、再び整列して、解散。上半身裸の1000人の男子生徒が一斉に校舎に吸い込まれていく。客観的に見れば、奇妙な光景だ。
神奈川・大船にある栄光学園の名物「中間体操」である。
創立当初から続く。毎日2時間目と3時間目の間に行う慣例。見学したのは6月の暑い日だったのでまだ良いが、真冬でも上半身裸のルールは変わらない。さすがに雨天では中止となる。ちなみに集合の合図として校内に流れるなめらかな音楽は、病のために2016年に高校2年生で亡くなった加藤旭くんが作曲した曲である。生徒たちもそれを知っている。
真冬でも上半身裸で体操などと聞くと、スパルタ教育的な学校かと思われてしまうかもしれないが、それは誤解だ。栄光学園は東大合格者ランキングトップ10の常連校であり、神奈川御三家と呼ばれる超進学校であるが、校風は「ほんわか」「のんびり」それでいてちょっぴり「おちゃめ」。出身者には解剖学者の養老孟司さんがいる。
2017年春に校舎の全面改築が終わった。2020年東京オリンピックで使用される新国立競技場の設計デザインを担当する建築家の隈研吾さんが監修した校舎だ。隈さんも栄光学園の出身。まるで山荘のような落ち着いた雰囲気がありながら、学びの空間としての機能を両立させている。
■「存続か否か」、新校舎になって議論が再燃
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中間体操の歴史と意義について、望月伸一郎校長、生徒指導部長の壱岐太教諭、中間体操委員の古賀慎二教諭そして矢口賢教諭に聞いた。
「もともとは1930年代に、同じくイエズス会が運営する六甲学院で始まったものです。栄光学園ができたときに六甲学院をまねする形で導入されました」(望月校長)
中間体操が学校の伝統であることは間違いないのだが、中高別々に2カ所で実施したり、2学年ずつ3カ所で実施したり、ラジオ体操の前にグラウンドを行進したり、ランニングしたり、なわとびをやったり、自主運動にしたりと、年代によってやり方は変わってきた。
全校生徒がグラウンドに集合し全員でいっしょにラジオ体操をする形式になったのは、実は2017年度から。新校舎になって、やり方を刷新したのだ。
「校舎の建て替えを行っている間、生徒たちは仮設のプレハブ校舎で約2年間過ごしました。グラウンドから離れてしまったこともあり、その間、中間体操があまり良い形では行えませんでした。2017年春に新校舎が完成し、新しい生活が始まったとき、そもそも中間体操をどうするのか、職員の間で大きな議論になりました」(望月校長)
有志教員で結成された中間体操委員が議論を重ね、結局「上半身裸、グラウンドでの全員一斉」の実施を決めた。
ただし、LGBTの観点や皮膚の病気などにも考慮し、上着を脱ぎたくないという生徒に無理強いはしない方針を明確にした。体操ができないという生徒にももちろん無理強いはしない。
「せっかく新しい形式でやるのなら心機一転、いい中間体操にしようと思って、私も張り切りました。適当にやっている生徒がいたら壇上からダメ出しするなど、最初は全員にきっちり体操をさせようと意気込みました。しかし1000人以上の生徒全員にきっちりやらせるなど無理だとすぐに気付きました。無理矢理やらせるのではなく、思わず一緒にやりたくなるような手本を見せることに意識を傾けたほうがいいと考えを改めました」(古賀教諭)
■本当に大事なことの意味はあとからわかる
教員同士の侃々諤々の議論を経て今、中間体操を続けることにどんな意味があると思うか。
「一言で言えば伝統を引き継いでいるという自覚でしょう。中間体操は学校の文化です。でも今後は、より現代風にダンスみたいな要素を取り入れたり、より楽しくリフレッシュできたりする形式に変えていってもいいかなと考えています。その際には生徒会にも意見を出してもらおうと思います」(矢口教諭)
「朝、大船駅から坂道を上って約15分間のウォーキング。2時間授業を受けてから中間体操。また2時間授業を受けて昼休み。また2時間授業を受けて放課後。このリズムがちょうどいいんです。3時間目は居眠りする子が少ないと思いますよ(笑)」(壱岐教諭)
上半身裸で行うことにはどんな意味があるのか。
「一つには、身体性の回復が挙げられます。身体というものは実は自分の不如意なるものとして存在しているわけです」(望月校長)
自分の身体は自分の意志で動かしているものだと人は思いがちだ。しかし自分の身体だって、人は自分の意志ではなかなか思い通りに動かせない。特に冬の寒い時期に中間体操をすることで、それを実感するのだという。
でもやはり生徒の間からも教員の間からも「なんで中間体操なんてしなくちゃいけないんだっけ?」という疑問は常に上がってくる。
「6年間毎日ラジオ体操をやれば健康増進には良い影響があるでしょう。でも中間体操をやる意味はきっとそれだけではありません。最初はやっていることの意味がわからなくても、毎日参加する中で、自分でそこに意味を与えていくことが大事なのだと生徒たちには説明をしました」(望月校長)
実際に中間体操にどんな意味を付与し、6年間やり通した後に何が残ったと思うか、卒業生でもある壱岐教諭に尋ねた。
「私自身は、ほかではあり得ない『お祭り』みたいなものだととらえていました。自分がこの学校の一員であることを毎日確認しているような気分に、最後のほうはなっていました」(壱岐教諭)
■目的は誰かから教えてもらうものではない
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栄光学園では中間体操のほかに、授業のたびに行う瞑目、江ノ島から小田原まで約30kmを歩く「歩く大会」、電気も通っていない山小屋での滞在などを実施している。これらを行う目的も、誰かから教えてもらうのではなく、自分たちで付与しなさい、それによって何を得るのかは自分たちで決めなさいというスタンスだ。
「これは、われわれが大切にしているキリスト教の信仰にも通ずるところです。神からの働きかけは、人や自然や出来事を通じて行われ、多くの場合我々はそれにあとから気付くのです。生徒たちには、神から自分への働きかけに、今すぐでなくていいから、今後の長い人生のどこかで気付いてほしい。それに気付けるような心を育んでほしいのです」(壱岐教諭)
人生において、「何のためにこんなことをしているのか?」と思うことはたびたびやってくる。本当に大事なことの意味は、大概あとになってからわかる。そんな人生訓を、栄光学園の生徒たちは、毎日の中間体操を通して少しずつ学んでいるのかもしれない。
引用元:https://news.infoseek.co.jp/article/toyokeizai_20170726_181333/