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【驚愕の事態発生】マニアックなまでの情熱を衣服に捧げているファッショニスタの妻が「1年間洋服を買わないチャレンジ」をしたら・・・

 

「1年間洋服を買わないチャレンジ」が妻にもたらした劇的な変化 「できるはずない」と思っていたら…

 

ジャーナリスト・佐々木俊尚さんの妻は、角田光代の『Presents』カズオイシグロの『わたしを離さないで』などのカバー絵でも知られる、人気イラストレーターの松尾たいこさん。松尾さんの著書『クローゼットがはちきれそうなのに着る服がない! そんな私が、1年間洋服を買わないチャレンジをしてわかったこと』は、洋服が大好きで毎日のように買っていた松尾さんが、1年間「洋服買わないチャレンジ」をして学んだことを綴った一冊だ。

 

「1年間洋服を買わないチャレンジ」が妻にもたらした劇的な変化

 

アーティストであり、ファッションと密接な職業でもある松尾さんの決断は、いわば「甘いものを愛する妻が1年ケーキを封印した」「ジャニーズ追っかけだった妻がコンサートに行くのをやめた」ようなもの。そのチャレンジを、すぐ横で見ていた夫の佐々木さんは、何を感じたのだろうか。そして夫婦間になにか影響はあったのだろうか。

チャレンジ前の自宅クローゼットの「一部」。幅2メートルほどのポールを上下に付けて、洋服がぎっしり。その他、洋服棚は三つ、見開きのクローゼット、さらに足りず、窓際にも1メートルのつっぱり棒を付けていた 写真提供/松尾たいこ

そんなことできるはずない

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妻の松尾たいこが「1年間洋服を買わないチャレンジ、ってのに挑戦する」と言い出した時は、「まあ単なる思いつきだよね」と私はほとんど相手にしていなかった。彼女が根気がない人だからではなく(いや、どちらかといえば根気はある人だ)、ほとんどマニアックなまでの情熱を衣服に捧げているファッショニスタが、そんなことできるはずないと思ったからだ。

妻との生活は長いが、出会ったころからファッションへの心酔ぶりには驚かされた。なんだかよくわからないモード系の服をたくさん持っている。広げて見せてもらっても、いったいどこに腕を通して首をどこから出すのかさえ良くわからない。そのうち「あれ、この服どう着るんだったっけ? 覚えてる?」とか悩んで聞いてくることもあり、そんなこと私に相談されても……と思った。

アン ドゥムルメステールなどのモード系の洋服が大好きで、モノトーンばかり着ていたという。写真提供/松尾たいこ

レベル高い生活への期待値が支え?

いま振り返ってみれば、私たちが暮らしはじめた2001年ごろからしばらくは、日本社会はバブリーだった。ゼロ年代と呼ばれたこの時期、「失われた10年」という長い不況がいったん落ち着き、世紀末のネットバブルの余韻もあり、「ミセスワタナベ」と言われるようになったFXなどへの個人投資も盛り上がった。

この時代のアイコンである勝間和代さんの本『年収10倍アップ勉強法 無理なく続けられる』がベストセラーになったのは、2007年だ。

だから私と妻の生活も、そういうバブリーな空気にけっこう染まっていた。広いテラスハウス、ハイブランドの高価な衣類、輸入車、星のついているグランメゾン、ビジネスクラスの飛行機と隔離的なリゾートのヴィラ。

当時住んでいた碑文谷のテラスハウス。憧れのリビングだ。写真提供/松尾たいこ

夫婦の共通の友人である40代の女性経営者が言っていたこんな言葉を思い出す。

 

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「私たちにはエクスペクテーション(期待値)が必要なのよ。高い車に乗って、高い食事をして、高い旅行に行く。『こういう生活をこれからも続けるのだ!』という期待値と決意が、仕事への熱中を生み出す」

彼女と食事をしながら、「うんうん」と夫婦そろってうなずいていた。

スニーカーにリュックの妻に驚愕

しかし2008年のリーマンショックと2011年の東日本大震災は、気がつけばさまざまなことを変えた。それは妻のファッションのスタイルをも変えた。

いちばん驚いたのは、たしか2012年ぐらいだと思うけれど、自宅で出かける準備をしていた彼女の姿が、背中に背負うデイパックとニューバランスのスニーカーに変身していたことだった。驚いた私は、玄関を出ようとする彼女に思わず問いかけてしまう。

「ニューバランスなんて持ってたっけ? しかも背中にザックって……?」

以前は、何かを背負うような格好はアウトオブファッションだと言ってたはずなのに。彼女は玄関のドアを閉めながら、「時代は変わったの」とあっけらかんと言いはなち、スニーカーの軽やかな足どりで出かけていったのだった。

ニューバランスを履き、ディパックを背負う松尾さんを、佐々木さんはかつては想像もできなかった。写真提供/松尾たいこ

そして私たちは震災以降の新たな空気感の中で、東京だけでなく長野・軽井沢と福井・美浜にも家を借りて3拠点生活をするようになる。

ちょっと前まで「山は青山、木は六本木、ついでに森は森ビル」などと嘯いていた妻が、美浜の山の猟師さんや漁協の人などじっくりと暮らしている地域の人たちのコミュニティと付き合うようになった。

夫婦の生活からは「高級なもの」が消えて、「居心地よさ」に取って代わられた。

「モードで孤高」が消え去った

東京の生活も一変し、住みよく地元愛の強い土地へと引っ越して、彼女は私の知らないうちに街のさまざまな人たちと仲良くなり、街に溶け込んで暮らしている。かつてのモードで孤高な雰囲気は、もはやまとっていない。

福井のアトリエにて。写真提供/松尾たいこ

このようにあらためて振り返ってみれば、妻がいま「洋服を買わないチャレンジ」という試みに踏み出したのも、決してびっくりするようなことではないのだった。

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気がつけば私たち夫婦の生活はミニマルでシンプルになり、消費で自己表現するようなことはなくなっていた。善き人たちとのつながりや、暮らしの心地よさが、私たちのいまの自己表現なのだ。

だから仕事も変わった。妻が生み出すアート作品は、都会のポップを全面に打ち出した絵画からだんだんと移行してきている。福井に拠点を構えてからは、越前の土着的で素朴な古風をとりいれた縄文土器のような焼き物にまで手を広げるようになった。私は彼女の作風に、「プリミティブ・アンド・ポップ」という短いキャッチコピーをつけた。

2月12日まで六本木ヒルズで開催されている松尾さんの個展では、今までのポップな絵と一緒に、あたたかみのある焼き物も並べられている。写真提供/松尾たいこ

地に足のついたスタイルに変わっていただけ

妻だけでなく、私のワークスタイルも、大きく変化した。

ノートパソコンをバッグに放り込み、小さな荷物でどこにでも気軽に移動していき、どこででも仕事する。善い人と出会えれば手弁当でもいいから一緒に仕事し、語らい、未来をともに見る。

お金はもちろん重要だけれど、気持ち良い人的ネットワークの中をぶらぶらしていれば、そんなの後からきっと付いてくる。そういう楽天的で気軽な仕事観を持つようになった。

最近、ときどき心に浮かぶのはチャーリー・チャップリンの名言だ。「人生に必要なのは、愛と勇気と少しばかりのお金」。

東日本大震災が起きた直後の2011年から12年ごろ、私はこの巨大な災が引き金になって社会が変わるんじゃないかと期待し、しかしたいして何も変わらなかったことに落胆した。

歴史を振り返ってみれば、日本社会をひっくり返したのは幕末の黒船来航や太平洋戦争の敗北などの「外圧」であって、災害は何もひっくり返さない。ただ世相をさらに暗くするだけだったというのは、20世紀初頭の関東大震災が裏付けている。

でも東日本大震災は、目に見えては何も変わらなかったけれど、実は大きな変化を私たちに引き起こしていたのだと思う。それは政治でも経済でも高邁な社会運動でも、そして単なるトレンドでもなく、もっと地に足の着いた「スタイル」の変化だったのだ。

かつては壁一面ぎっしりだった靴。拠点を複数にしたとはいえ、以前から半分以上靴の数も減った。写真提供/松尾たいこ

スタイルの変化は、人生を変え、社会を変えていく。松尾たいこの本から、そういう新たな心地よいスタイルの芽生えを読み取っていただければと思う。

 

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福井にて、写真右から佐々木さん、松尾さん、そして親しい福井の友人。人とのつながりをより大切にするようになった。写真提供/松尾たいこ

「1年間洋服を買わないということは、ファスティング施設での断食と同じような効果がありました」。ファッショニスタとしても知られる人気イラストレーターの松尾たいこさんが、「1年間洋服を買わないチャレンジをします」宣言をするようになった経緯や、チャレンジのルール、その結果自分の中で明確になっていった生き方などをまとめた一冊。ファッションの本当の楽しみ方や、大切な衣類のお手入れ方法も具体的に教えてもらいながら、「自分らしさとはなにか」「自分らしい生き方とはなにか」ということも考えさせてくれる。佐々木さんと松尾さんの新しい生活スタイルについては佐々木さんの著書『そして、暮らしは共同体になる。』に詳しい。

 

引用元:http://news.livedoor.com/article/detail/14272729/