【時給2億円の男】 天才ビル・ゲイツの知られざる幼少期!
マイクロソフトの生みの親である、ビル・ゲイツの年収を知っていますか?
時給にすると、約2億円。そんな彼の家は、パリ市より広い敷地なんだとか。
今回は大富豪ビル・ゲイツの幼少期からの経歴などと共に、あまり知られていない彼の素顔をご紹介。
ビル・ゲイツの経歴(誕生〜世界一のCEOになるまで)
ビル・ゲイツは1955年10月28日に、アメリカのワシントン州シアトルで生まれました。
現在年齢は、62歳(2018年7月時点)。
正式な名前は「ウィリアム・ヘンリー・ゲイツ3世」です。
血液型については公表されておらず、ネット上ではO型やA型などといった噂があります。
ビル・ゲイツは幼少期から秀才だった
ビル・ゲイツの両親は、弁護士(父)と教員(母)の仕事をしていました。
兄弟には、2人の姉妹がいます。
ビル・ゲイツは幼少期、熱心な読書家であったと彼の父が明かしています。
それは、
夕食のときは本を読まない
というルールを作らなければいけないほど。ビル・ゲイツは幼い頃から、
百科事典でもサイエンス・フィクションでも何でも、あらゆる分野の本に興味を持っていた
出典;forbesjapan
そうです。
そんなビル・ゲイツの、小学5年生時の将来の夢は、宇宙飛行士か科学者。
ボーイスカウトや聖歌隊の活動をこなしながらも、小学校の成績は「非常に優秀なものだった」と言われています。
ビル・ゲイツの父は息子の幼少期を、
成長するにつれて、世の中の動きに強い関心を示すようになった。ビジネス、人生、国際問題、未来などについて、思慮に富んだ意見を述べるようになった
出典;forbesjapan
と振り返っています。
ビル・ゲイツがマイクロソフトを設立するまで
ビル・ゲイツがコンピュータに関心を示し始めたのは、『私立レイクサイド中学・高校』の在学中でした。
ビル・ゲイツは13歳からコンピュータプログラミングを始め、高校最後の年には地元近くの発電所で、プログラミングの仕事を。
そして1973年、ついに実家を出てハーバード大学に入学しました。
ちなみに、アメリカ版センター試験と呼ばれている「SAT」でビル・ゲイツは、1600満点中1590点を叩き出したというので驚き。
ハーバード大学在学中は、初代マイクロコンピュータ「MITS Altair」向けにプログラミング言語BASICの開発に成功しています。
しかし1975年、中学校で出会ったポール・アレンと共に、ソフトウェアメーカー「Microsoft(マイクロソフト)」を設立。
その後、ハーバード大学を中退しました。
「マイクロソフト」ではWindowsシリーズなどを開発し、世界一のソフトウェアメーカーとして成長させています。
ビル・ゲイツの年収、総資産額は?
ビル・ゲイツの最高年収は、1兆6,635億円と言われています。
彼は世界的にみても大金持ちであり、「世界富豪ランキング」では長期に渡って首位を獲得していました。
そんなビル・ゲイツの総資産額は、887億ドル(2017年時点)。
日本円にすると、10兆600億円です。
ビル・ゲイツの年収を自給換算すると….!?↓