【驚愕】「赤ちゃんの自分に父親がエイズウイルスを注射した」そして24年・・・

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母親の膝に座るブライアン・ジャクソンさんImage copyrightJACKSON FAMILY
Image caption母親の膝に座るブライアン・ジャクソンさん

1日1日を生きるのが精いっぱいという子供時代を過ごした。死なずに生き続けるのは綱渡りの曲芸のようなものだった。

「今日は元気そうだと思っても、その1時間後には別の感染症で病院に救急搬送されるという状態だった」

投薬の副作用で、ジャクソンさんは左耳が聞こえにくくなった。

病院で会ったほかの子供たちは、生き延びられなかった。しかしジャクソンさんは、医師たちを驚かせた。状態が改善し始めたのだ。

やがてジャクソンさんはなんとか学校に通えるまで回復した。バックパックに大量に詰め込んだ薬の点滴を受けながら、少しずつ授業に出るようになった。

人懐っこい男の子だったジャクソンさんは、自分の病気が当時の社会にどういう烙印を押されているか、知る由もなかった。

「90年代当時は、便座からでもエイズがうつると思われていた時代です。大学の教科書にさえ、目と目が合うだけでHIVに感染すると書いてあった」とジャクソンさん。

そもそもジャクソンさんを怖がったのは子供たちではなく、親たちだった。お誕生会にジャクソンさんを呼ばないだけでなく、ジャクソンさんのきょうだいも招待しなかった。そして級友たちは成長するにつれて、自分の親の偏見をそのまま受け継いだ。

「『エイズの子、ゲイの子』とか呼ばれました。自分は孤独で独りぼっちだと感じるようになったのはその頃です。世界に自分の居場所はないと思った」

10歳になったジャクソンさんは、自分の父親が何をしたのか、どういう犯罪だったのか、話を組み立て始めた。しかし実際にその行為がどれほどのものだったか、実感できるようになるまでにはまだ数年かかった。

「最初はすごく怒って、憤慨していました。父親というのは近くから息子を応援するものだっていう、そういう映画を観て大きくなったので。どうして自分の父親が僕にあんなことができたのか、まったく受け止められなかった」

「僕を殺そうとしただけじゃない。僕の人生を決定的に変えてしまったんです。僕がいじめられたのは父親のせい。僕が何年も入院していたのも父親のせい。自分の健康や行動についてこれだけ気を付けなきゃならないのも、父親のせいだ」

13歳の時のことだ。自室でひとり聖書を勉強していたジャクソンさんは、信仰を獲得した。そしてそのおかげで、父を許すことができた。

「許すのは大変なことです。でもあの人のレベルまで落ちたくない」

生まれた時の名前は「ブライアン・スチュワート・ジュニア」だったが、昨年になって「Bryan」という名前のつづりに「r」をひとつ増やし、母親の姓ジャクソンを名乗ることにした。

 

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