【なんだかなぁ…】市川海老蔵の娘・麗禾ちゃんの“ママ代わり”は美談なのか…

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なんだろう、この激しい違和感は。ママ代わりとして奮闘……いや、海老蔵はわかる。彼は勸玄くんの父なのだからして、麻央さん亡きいま、父と母を務めようとしているという話には頷けるし、素直に「頑張っているんだな」と応援できる。だが、麗禾ちゃんまでもがそうなる必要はあるのだろうか? 彼女はまだ6歳である。母親が突然この世からいなくなってしまった現実を、そううまく受け入れられはしないだろうし、悲しみも癒えてはいないかもしれない。そんな彼女に<ママ代わり>の務めを果たさねばならない必要がどこにあるというのだろう?

 ただでさえ、歌舞伎という世界は<男のもの>であり、梨園に生まれた女性は疎外感を抱くことがあるとされる。いまや大女優の風格を漂わす寺島しのぶ(45)も、梨園に生まれ、女だからという理由で舞台に上がれない悔しさややるせなさについて度々インタビューなどで語っているではないか。ママを亡くし、パパや周囲は弟の勸玄くんを一人前の舞台役者にすべき奔走する。まだ幼い麗禾ちゃんが、そこに理不尽さや寂しさを感じたとしてもなんら不思議ではない。けれど、それを上手に言葉で伝える術をまだ持っていないのかもしれない。そんな感情も見せることなく<ママ代わり>を率先して務めているとしたら、それはもしかしたら彼女なりのSOSなのではないだろうかと考えてしまうのは、深読みしすぎなのだろうか。

 健気な少女と家族の美談にまとめられようとしている記事を読んで違和感を抱いた筆者は、『はなちゃんのみそ汁』を連想した。『24時間テレビ』(日本テレビ系)内のスペシャルドラマとして2014年に放送され、2015年には映画も公開された作品である。原作は、乳癌を患う千恵さん(2008年33歳で死去)の闘病とその最中に出産した娘のはなちゃん、夫・信吾さんの生活を綴ったブログを書籍化したものだ。本の出版後やドラマ化された際には、娘に『妻』『母親』の役割を背負わせていることを問題視する議論があり、様々な意見が飛び交ったことは記憶に新しい。

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